「あんな。私、好きな人できたんや」
 佐伯雄一の手から箸が転げ落ちる。
「どうした?」
「あ、いや・・・なんでもない」
 友人の長谷川にはそう言ったが、佐伯の顔には動揺の色が出ている。
 もちろん、それは大阪こと春日歩の好きな人発言によるものだ。
 佐伯の後ろの席では、春日がいつものグループと一緒に昼食をとりながら雑談をしている。
「5組の大河内くんや」
「へぇ、大阪ってあぁいうのが好みなのか」
「ダメダメ。大河内はもっとマジメでかっこいい、そう榊ちゃんみたいな女性が好きなんだって」
「えぇ?わからんやん。ひょっとしたら私のこと」
 大河内誠。
 高校2年生にしては小柄な体と中性的な顔立ちで、学年問わずファンが多い。
「でな、実は生まれて初めてラブレターだしたんや・・・今日の放課後裏庭でって」
「うわ!ベタだ!!昭和のベタベタ女がいるぞ!!」
「とも・・・うるさい。そうか。うまくいくといいな」
「そうですね。大阪さん、頑張ってください」
「おおきに〜」
 そこから彼女らはまた別な話にうつる。
 テレビやファッションの話などに。
「大河内ねぇ・・・佐伯とは正反対だな」
「うるさいなぁ。てか、何の話だよ」
「バレバレ」

「ごめん。俺・・・好きな人いるから」
 大河内が中庭から去ってゆく。
 一人取り残された春日。
 いつものように笑顔だがどこか物悲しげな雰囲気をかもし出していた。
「・・・あはは・・・ふられてもうた」
 春日はとぼとぼと歩き出す。
 中庭を抜ける校舎の角。
「ひゃん」
「っと」
 丁度中庭に入ろうとしていた佐伯と戻ってきた春日がぶつかる。
「えく・・・えっく」
 佐伯の胸の位置がかすかに湿ってゆく。
「春日・・・」
 その一瞬で佐伯は悟った。
 春日がふられてしまったことを。
「・・・っぅ・・・かんにんな。見ず知らずの女にこんなことされて困ったやろ」
 少したって、彼女の涙声が聞こえてくる。
 どうやら春日はまだ佐伯だと気づいていないらしい。
「あ・・・あれ?」
 顔をあげて佐伯の顔を見る。
「えっと。同じクラスの・・・」
「佐伯雄一。一応去年から同じクラスなんだぜ」
「佐伯君・・・えへへ、かっこ悪いところみられてしもうたな」
「無理に笑わなくっていいって。なんとなく、理由は知ってるから。辛かったら泣いたって誰も責めねぇよ」
 春日の目に大粒の涙が浮かぶ。
 しかし、その顔は先ほどの悲しい笑顔とは違う。いつもの春日の笑顔に戻っていた。
「おおきにな。あ、用事あったんちゃうん?」
「え?しまった。備品取りに来たんだった。じゃ・・・あ、春日って可愛いからすぐにまた、いい人見つかるって」
「あはは。佐伯君って優しいなぁ。ほなら、部活頑張ってな」

「で?」
「で、ってなんだよ」
 長谷川が牛乳を飲みながら佐伯に聞く。
「その後は?ちゃんと家まで送って帰ったとか」
「だから、部活で使う備品取りに行ったって。これでも俺は野球部だぞ?」
「かぁ。それじゃあ、ダメだろ。もっとアプローチしないと。ふられて悲しんでいる彼女をだな」
「いいんだよ別に・・・それに、そういうのは卑怯な感じがして俺は嫌いだ」
「はいはい。まぁ、名無しから友達Eランクになっただけマシか」
「なんだよ友達Eランクって」
「名前を知ってるだけのただのクラスメート」
 佐伯が渋い顔になるが、当たっているだけに反論は出来ない。 
「そういや、そのお目当ての春日はどこだ?」
「今日は天気がいいから屋上だろ?」
 佐伯の読み通りに春日たちは屋上でお弁当を食べていた。
「そうなんですか」
「だから言ったじゃん。大河内は」
「お前は黙ってろ」
「あはは。でもな・・・えぇねん。ちょっと気になる人・・・いたから」
「なにーーーーー!?昨日の今日でか?誰だ」
 羽交い絞めにしていた水原を振りほどき、滝野が春日に詰め寄る。
「えへへ・・・内緒や」

「でな、新しい水着買おうと思うとるんやけど」
「いいじゃんいいじゃん。よっしゃ、アタシも買いにいくぞ〜」
 7月初頭の朝。
 外ではセミが鳴き、初夏の日差しがじりじりと肌に食い込んでくる。
「春日の水着姿か・・・見てみたい」
「へ?いややわぁ。そんなえぇもんでもないで」
 春日が顔をあからめて、佐伯の方を向いてはにかむ。
「のあ。春日!?心を読めるのか?」
「アンタ、思いっきり口に出してたし」
 席替えがあって、春日と佐伯が隣の席になってからというもの、春日と佐伯はよく話をするようになっていた。
 それはありがたかったが、どうにも滝野や水原は苦手対象なため、差し引き0と言ったところだったが。
「それにアンタ、水泳の授業で見てるじゃん」
「はぁ?授業ってスクール水着だろ。そうじゃなくて、普通の水着の春日を」
 佐伯がさも当たり前のように言ったのを見て、滝野が深いため息をつく。
「はぁ、わかってないなぁ。ひょっとして、あんたブルマ否定派?」
「ブルマ?別に肯定も否定もしないな。運動はしやすそうだけど転んだりすると危なそうだし」
「これだから根っからの体育会系はダメね。萌えがわかってないわ」
「燃え?」
「萌えよ!萌え!草冠に明るいで萌え」
 間に春日を挟んで、佐伯と滝野が口論を始める。
 まぁ、一方的に滝野が熱くなっているような気もするが。
「あのね。スクール水着もブルマももう日本の遺物なの。ありがたがられこそすれ、煙たがられる言われはないわね」
 滝野の物言いに、周りの男子生徒がうなずく。
「萌えは日本発祥の日本の新しい文化。経済効果だってあるんだから」
「そうなのか?」
「え?あ・・・はい。ニュースでそんなことを言ってましたけど。私もよくは知りません」
 佐伯に聞かれ美浜が答える。
「そんなの常識よ常識」
「お前の常識は少し偏ってるだろ」
 冷静な突っ込みの水原。
 だが、いまだに佐伯には萌えと言うのがよくわかっていない。
「アンタは・・・大阪の水着が見たいって言ってたわよね。てことは、ペタ胸萌えの天然萌えね」
「なんだそりゃ」
「ペタ胸て・・・私、そこまでちっこくは無いと思うんやけど」
「だって、大阪の属性ってそれくらいだし。あとボンクラ属性?」
「それはともちゃんもやんか」
 結局萌え討論は担任がホームルームにやってきて終了した。
 かに見えたのが、佐伯はその日の休み時間全てを使って、滝野と長谷川の2人にじっくり萌えについて教え込まれていた。

「あかん・・・東京の夏は暑くてかなわん」
「はい、アイスです」
「おおきにな〜」
「サンキューちよちゃん」
 日曜の昼。
 春日と美浜と滝野は水着を買うためにショッピングモールに来ていた。
 水原と榊は別な用事が、神楽は部活でそれぞれ今日は来ていない。
「夏だなぁ」
「夏やねぇ」
「夏ですね」
 七月も中旬となれば暑さもかなりのものだ。
 テストも終わり、あとは夏休みを待つだけといった気持ちの学生がいっぱいだろう。
「あ〜。野球やっとる〜」
 ショッピングモールから見える都営市民球場。
 そこで丁度野球の試合が行われていた。
 外から見える電光掲示板に試合状況が書かれている。
「あれ?私たちの学校ですよ?」
「あ、ほんまや」
「ちょっと見ていくか?」
「さんせ〜」
 ・・・・・・
「負けてるな」
「最終回で一点差。2アウト2塁」
「おぉ。ちよちゃん頭えぇ・・・で、どうすれば勝てるん?」
「外野を越えるヒットが出れば同点になると思います。あとはホームラン」
「おぉ!ホームラン。バースや!!バースを呼ぶんや〜」
 選手がバッターボックスに入る。
 最終バッターとなるか、同点・逆転のバッターとなるか。
「あれ?私たちのクラスの佐伯さんじゃないですか?」
「ホンマや。佐伯君や」
「へぇ、2年なのにレギュラーじゃんか」
 マウンド上のピッチャーは素早いモーションでキャッチャー目掛けてボールを放つ。
 鈍い音と共に高く舞い上がるボール。
 キャッチャーがマスクを取り上を見上げる。
 だが、ボールはバックネット裏へと落ちていった。
 佐伯は安堵のため息と共にバットを構えなおす。
 その表情は真剣で少し気負い気味にも見える。
「危なかったですねぇ」
「ほら、大阪。応援してやれよ」
「よっしゃ。佐伯く〜ん!!気合やで〜!!きばりや〜!!」
 佐伯が声の方向を見て一瞬驚きの表情を見せる。
 だが、すぐに笑顔になり主審にタイムをかける。
 天を仰ぎ大きく深呼吸。
 バットを構える佐伯の顔は余裕と自信の表情へと変わった。
 ピッチャーはそれに怒りを覚えたのか、ランナーを気にせずに大きく振りかぶる。
 放たれたボールは先ほどよりも勢いのあるストレート。
 直後。
 甲高い金属音が球場に響き渡り、白球はバックスクリーンに突き刺さる。
「やりました!!」
「おぉ〜」
「いぇい。勝ちだ勝ちだ」
 佐伯がダイアモンドを回り、ホームに戻ってくるとチームメイトたちが出迎えてくれた。
「にしても、佐伯も現金なやつだねぇ。大阪の応援一つでこうも変わるなんて」
「私の応援のおかげなん?」
「そりゃそうだ。この2点は大阪がとったようなもんだな」
「おぉ〜・・・私は幸運の女神なんや」




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