俺とお嬢は客間へと案内された。
 客間は和室となっていて、畳のいい匂いがする。
「お久しぶりです」
 席に着いた俺とお嬢。
 テーブルを挟んで、お嬢の両親が座っている。
「………ワシに話しがあるとはなんの用だ」
 うっ。さすがは雪宮財閥の総帥。
 いやいや、この程度で飲まれてなるものか。
「ご無礼を承知でお話し申し上げます。私を木葉お嬢様と結婚させて下さい」
 俺は真っ向から旦那様の目を見る。
 やばい。背中には冷や汗がダラダラと流れ落ちている。
「明日。木葉が藤桜の御曹司と見合いだと知って言っているのか」
「はい」
 俺と木葉の最初にして最大の難関。
 旦那様に俺とお嬢のことを認めてもらうこと。
 時間が無かったとは言え、いきなりはまずかっただろうか。
「ダメだ。雪宮の名に傷がつく」
 やはり。
 そうすんなり行くとは俺も思っては居なかった。
 が、先ほどと表情も何も変わっていないところをみると、心の一端を揺らしたとかいう状況ですらなさそうだ。
「無理は承知で申し上げております。御一考をお願い致します」
「たかが木葉の付き人の分際で何を言う」
「私は真剣です。付き人とかそういった身分は」
「身分など関係ないとでも言うつもりか?」
「関係ありません」
 熱くなってはダメだ。冷静に話し合わないと。
 相手は経済界では百戦錬磨の男。
 相応の態度で臨まねば。
「…帰れ。木葉は今日はここで休み、明日の見合いに備えるんだ」
「お父様」
 今まで沈黙を守っていたお嬢が口を開く。
「わたくしは、真と結婚します。藤桜家の長男だかなんだか知りませんけど、見ず知らずの男には会いたくありません」
「見ず知らずだからこそ、見合いの席で話し合うのだろう」
「それに。わたくしは、もう真と床を共に致しました」
 さすがに、今の一言に旦那様の眉が動く。
「わたくしの中に何度も何度も、子種を注いでいただき、きっと、わたくしのお腹の中には真との子が宿っていますわ」
 まて、お嬢。
 お嬢を抱いたのはあの日だけだし、あの日だって一度しかしていないのだが。
 これが駆け引きというものなのか?
 バカ正直に本当のことだけを言っていてはダメだということだろうか。
「まぁ、相手は木葉よりも大人だ。処女がいいと言うわけでもないであろうし、子は可哀相だが堕ろせばよいことだろう」
「そんな……お父様は、わたくしと真の子を殺すとおっしゃるのですか!?」
「当たり前だ。それだけではなく、娘を傷物にした罪も償ってもらわねばな」
「お父様!!」
 お嬢がテーブルを叩き、立ち上がる。
「わたくしは、お父様に絶望しましたわ。わたくしは真と家を出ます。今日から雪宮の姓を捨てさせていただきます」
「お嬢……それはいけません」
「真!?何を言うのです。貴方もわたくしと一緒にいてくれるのではなかったのですか」
「それは本当です。しかし、私は旦那様に何があろうとも許しを請うつもりです」
「無理ですわ!!」
「お嬢!!」
 俺は立ち上がりお嬢と唇を重ねる。
 いきなりのことにお嬢も驚き、しかし、その身体を俺へと預けてくれる。
「わかりました。後は真にお任せいたします」
「旦那様。私は……いえ、俺には木葉が必要なんだ。そして、木葉も俺を必要としてくれている」
 微かに震えるお嬢を強く抱きしめる。
「こんなことをして、今まで養っていただいた恩を仇で返すような結果かもしれない。もう一度言います。木葉を、俺にください!!」
「お父様……わたくしも、真が好きです。他の殿方の妻になるくらないなら……」
 今のお嬢は弱々しく、簡単に折れてしまいそうな……割れてしまいそうなほどか弱い少女だ。
「お父様」

「はーっはっはっは」
「まったく、アナタも本当に意地が悪いのですから」
 突然旦那様が大きな声で笑い、今まで沈黙を守っていた奥様も着物の袖で口を隠し微笑んでいる。
「まさか、この年になるまで決着がつかんとは思わなかったぞ」
「お父様?お母様?」
「真君……木葉をよろしく頼む」
 旦那様と奥様がそろって俺たち二人……いや、俺に向かって頭を下げる。
「え?あ、えっと……はい」
「さぁさ。向こうに食事を用意してあります、今日は一緒に食べましょう」
 旦那様と奥様が客間から出てゆく。
「ど、どういうこと……なのでしょう?」
「よくわからんが…俺たちのことを認めてくれたってことか?」
 俺もお嬢もいきなりの事に全く展開についてゆけていない。
 とりあえずわかることは。
「お嬢。せっかくだからご馳走になろう」
「そうですわね」
 俺とお嬢はもう一度唇を重ねる。
 もう、何度目かは数えていない。どうせ、これからは星の数ほど重ねるのだから。

 結局、木葉の見合いの話は最初から無かったとのことだった。
 旦那様も奥様も俺とお嬢が互いに惹きあっているのは知っており、にも関わらず結果のでない二人にやきもきしていたそうだ。
 それで生まれたのが、木葉の嘘見合い話で二人に本心で語り合わせよう計画。
 そして、今の俺とお嬢はものの見事に旦那様の計画通りにことが進んだ結果だった。
「酷いですわ、お父様」
「しかしな、煮え切らない二人が悪いのだぞ」
 その話を聞いた後から、お嬢はずっとこんな調子だ。
「でしたら、わたくしにだけでも一言いっていただければ……そうすれば、真にあんな恥ずかしい姿を」
 最後の方はごにょごにょと小さな声になる。
 まぁ、隣に座っている俺には聞こえているわけだが。
「二人はいまどきの若者にしては、積極性にかけておったからな。これくらいが丁度いいじゃろうて」
「真さん。木葉のこと……本当によろしくお願い致しますね」
 奥様が俺の手を取って見つめてくる。
「あ。いえ。至らぬ点の多い私ですが、木葉お嬢様をお守り致します」
 お嬢ももう少しすれば、こんな大人の色気をかもし出す女性になるのだろうか。
 そんなことを考えていると、奥様の手が俺の手を何度も撫でる。
「綺麗な肌。それでいて、整った体……真さん…私のようなおばさんはお嫌いかしら?」
「へ?」
 微かに頬を染め、俺の方を見て微笑む。
 ヤバ。色気が。
「お母様!!わたくしの真を誘惑しないでください!!真も、そんなに鼻の下伸ばさないでほしいものですわね」
「うっ」
「あらあら。怒られてしまいましたね。ふふ、これからは私も家族ですわね。よろしく、真さん」
 ものすごく前途多難な感じがする。
 はぁ。
「どうしたんですの?溜息なんてついて」
「いや。ないでもありません」
 先が思いやられるなんて、この面子の中で言うことはできませんって。

「じゃあ、お母様。お父様。おやすみなさい」
「では、休ませていただきます」
 俺とお嬢は本宅の前で車を降りた。
 普通なら、専属の運転手がいるのだが、今日は旦那様が自ら運転してくださった。
「真君。木葉をよろしく頼むよ」
「ふふ。私ももうすぐおばあちゃんになるのですね。楽しみだわ」
 旦那様と奥様が行ってしまう。
「お嬢……これから………お嬢?」
 俺が話しかけてもお嬢は返事をしてくれない。
「お嬢?お嬢?…………あ、木葉」
「なんですか?真」
 微笑んで答えるお嬢。
 本当に先が思いやられる。
「木葉。これからも木葉を守り続けるよ」
「当たり前です。アナタは私の伴侶である前にボディーガードなんですから」
「あら。素直じゃないなぁ」
「これでも、素直なつもりですわよ」
 ツンとした顔で明後日の方を向いてしまう。
 ホント、素直じゃないんだから。
「布団の中ではあんなにも素直なのに、どうして今は素直じゃないんだい」
「ぁ」
 お嬢を抱き寄せる。
「今日はもっともっと……愛してあげるよ」
 耳元で囁くと、お嬢の顔が見る間に真っ赤になる。
 雪のような肌と月のように輝く瞳。そして、花のごとく美しさ。
「愛してるよ」
「私もです」




(1)  (2)  (3)
戻る