少女は怯えていた。地面に座り膝を抱きしめかすかに震えている。
 闇から生まれ、そして、あるべき姿に戻る。
 その宿命ともいえる彼女の運命が一本の剣により絶たれてしまったこと。それが彼女の心を締め付けていた。
 普段は明るく振舞う彼女。
 しかし、周囲に闇が訪れる刻となり、依るべき仲間が寝静まるととたんに不安になってしまう。
 闇に取り込まれ、自分が消えてなくなるのではないかと。
 仲間は全て幻想で、朝には消えてしまうのではないかと。
「眠れないのか?」
 少女が顔を上げる。
 そこには彼女を受け入れてくれた仲間の一人が。
 有栖零児。
「うぅん。大丈夫だよ」
「そうか」
 少女の隣に座る零児。
 無愛想な彼だが、仲間を思う気持ちは他の仲間たち以上に強い。
 ただ、それをあまり表に現さないだけだ。
「レイジはどうしたの?」
「俺は見張りだ。魔界は俺たちが戦っている相手以外にも怖いものが多いからな」
「そっか」
 少女は先ほどよりも強く膝を抱きしめる。
「不安か?」
「え?」
「俺には君の不安がどれほどのものかはわからない。だが、俺が君の不安を少しでも軽減できるなら協力しよう」
 少女が零児の方に顔を向ける。
「どうして?そんなにやさしくしてくれるの?」
「仲間だからな」
「悪魔でも?」
「関係ない。きっと、俺以外の者もみんな同じ気持ちだ。もっと、俺たちを頼ってくれてもいい」
 少女は零児の体に自らの体を寄せる。
「ありがとう」
 少女はそのつぶやきと共に、静かな寝息を立て始めた。

「リリス」
「あ、モリガン。おはよ〜」
 昨夜、零児に寄り添うように眠りについたリリス。
 そして、彼女の半身であり彼女自身ともいえる存在のモリガン。
「今日は随分魂が安定しているわね。どうしたの?」
 魂の波長を見る力。
 昨日までのリリスの波長は揺らぎが多く不安定だった。
 しかし、モリガンの眼を通して見る今のリリスの魂は安定した強い魂へと変貌を遂げていた。
「ん〜。いいことがあったからかな」
 笑顔で微笑みを返す。
 彼女が目を覚ましたとき、隣には零児が座っていた。
 一晩中、自分に付き合っていてくれたことがリリスにはたまらなく嬉しかった。
「そう。なにがあったかは知らないけど、よかったわね」
「うん。あ、ねぇ、モリガン。オトコのヒトって、エッチが好きなんだよね?」
「あら?魂が安定したとたんに夢魔として自覚が出来たのかしら?」
「ううん。憑り殺すんじゃなくて、オンガエシがしたいの」
「恩返し?ふぅん。私たちの中にそんな甲斐性のある人いたかしら。まぁ、いいわ。でも、アナタの身体じゃねぇ」
 モリガンがリリスの身体を舐めるように頭からつま先までを見る。
 お世辞にも魅力があるとは言えない。
 子供としての可愛らしさという魅力はあるが、男が抱きたいと思うような魅力は皆無だ。
「やっぱりダメかな?」
「ダメというわけじゃないけど、アナタの身体で欲情するような男はやめておいたほうがいいわよ?」
 胸は貧相と言うよりも、無いに等しい。
 腰の括れもお尻の柔らかさもほとんど無い。
 対して、モリガンは子供から大人までどんな人物でもひきつけてしまうような身体つきをしている。
「もう少し魔力を貯めて、肉体を変化させれるようになるまで待ちなさい」
「それじゃあ……きっと遅いもん。いいもん。もぅ、モリガンには頼まないもん」
「あ、行っちゃった。ま、いい傾向かもしれないわね。けど、あの娘。男を悦ばせる方法は知ってるのかしら?」

「ん〜。そうですねぇ。やはり一緒にいるのが一番ではないでしょうか?」
「そうですね。私もギルと一緒にいると幸せな気持ちになりますから。ね、ギル」
「あぁ。好きな人と一緒にいるのはいいことじゃないかな」
 リリスがまず向かった先は、仲間の中でも最も良心的なメンバー。
 ワルキューレもギルもカイも親身になって考えてくれる。
「一緒にか」
 リリスが昨夜のことを思い出す。
 零児に寄り添っていたあの時。確かにリリスの胸は温かく幸せな気持ちで包まれていた。
「リリスさん。恋する心とは誰にも平等に与えられるものです。その気持ちを忘れなければ必ず幸せになれますよ」
 ワルキューレがリリスの前に膝をつき、目線を合わせて語りかける。
「でも、どうして私にそんなに優しくしてくれの?私は悪魔だし、それに、みんなにいっぱい怪我させちゃったのに」
 カイがリリスの方を向いて微笑む。
「私たちは仲間でしょ。仲間が困っている時に助けようと思うのは当たり前。それがたとえ悪魔という種族であろうとも」
「そうさ。ボクたちは何があっても君を助けるよ」
「あっ…昨日、レイジが言ってたことと同じ」
「レイジ?あぁ、アリスさんですか。なるほど」
「そっか、じゃあライバルは小牟さんなんですね。これは手ごわい相手かもしれません」
 ワルキューレとカイがリリスの側にやってくる。
「リリスさんに女神イシターのご加護がありますように」
「頑張ってね。私たちはリリスちゃんの仲間だからね」
「うん。ありがとう」
 そう言ってリリスは空へと舞い上がる。
「そっか。小牟がライバルなんだ。頑張らないと」
 朽ち果てた大木の枝に座る。
 彼女の目の先には零児と小牟が刀と銃の訓練をしていた。
「まだ、もっといっぱい知りたい。どうすれば恩返しできるのか。そして、レイジのこともいっぱい」

「男に恩返しする方法?私に聞くな」
「なんだ、リリスちゃんも男に目覚めたのか?」
「ブルース。お前は黙っていろ」
「あ〜、モリガンじゃないだけまだ可愛いアル」
 こういうことに疎いレジーナはどこかに歩いていってしまった。
 場に残ったのはブルースと鳳鈴とレイレイ。
「ブルースは何をされると嬉しいの?」
「何って。そりゃぁやっぱ、ベッドの上で」
「殺すぞ」
 鳳鈴がブルースの眉間にハンドガンを突きつける。
「あ〜。リリス、人選を間違ったアルな」
「で、ちなみに誰に恩返しするんだ?まさか、アーサーのおっさんとかいわねぇよな」
「レイジ」
「………あっはっは。なるほどな。アイツ、無愛想ぽく振舞ってる割には結構やるじゃねぇか」
 ブルースが腹を抱えて笑い出す。
 レイレイと鳳鈴は顔を見合わせて、どう対処していいのかわからないような状況だ。
「しかし、アリスには小牟が」
「とっちまえとっちまえ。どうもあの二人は恋愛ってよりも漫才って感じだしな」
「夫婦漫才みたいで間に入れない気もするアルが」
「けど、アリスかぁ。アイツ、戦闘以外でも小牟と一緒にいやがるからな。やっぱ夜這いかけて」
「だから、ブルースは黙るネ」
「夜這い」
「リリスも深く考えるな。今は非常事態だぞ。恩返ししたければ全て終わってからにしろ」
 鳳鈴が冷たく突き放す。
「あ。ごめんなさい」
 フワフワと飛び上がるリリス。
「リリス。頑張れよ。あぁいう朴念仁には押しの一手だ」
「あは、ブルース。ありがとう」

「ん〜。どうすればいいんだろう」
 結局、結論の出ないまま森の中を歩くリリス。
 恩返しのこと。
 恋のこと。
 小牟のこと。
 エッチのこと。
 レイジのこと。
 その全てが彼女の頭の中をクルクルと回っている。
「うぅ。わかんないよぉ」
 木の上から一匹の巨大な猿がリリスに向かって襲い掛かってくる。
「きゃぁっ」
 普段のリリスなら決してこんなことは無かったであろう。
 だが、今は確実にその存在に気づかずにリリスの防御が間に合わない。
 目を瞑り身を屈めるリリス。
 だが、サルはいつまでたっても襲ってはこない。
「大丈夫か?」
 リリスの前には零児の身体があった。
 手に持った刀は巨猿の大きく開いた口から頭にかけて貫通している。
「レイジ」
「ブルースに一人で森に向かったと聞いて迎えに来た」
 刀を抜くと、巨猿の体躯が地面に崩れ落ちる。
 刀を収めリリスの方へと向き直す。
「レイジ!!」
「!?」
 巨猿の手が動き、爪が零児の腹に食い込む。
「ぐぅ」
「ソウルフラッシュ!!」
「ぐひゃぎゃぁぁぁ」
 リリスから放たれた光の玉は巨猿の身体を貫き飛んでゆく。
 今度こそ、巨猿が動き出すことはなさそうだった。




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