ピチャン。
 額に水滴があたり、神楽は目を覚ます。
「あれ?」
「先輩。寝たら溺れますよ」
 神楽の目の前には水泳部の後輩が顔を覗かせていた。
「寝てた?」
「はい。仰向けになってプールに浮きながらスヤスヤと。十秒くらいだと思いますけどね」
「あれ?ちよちゃんやともは?大阪・・・榊と水原はどこだ?」
 神楽は辺りを見回す。
 だが、いるのは水泳部員と顧問の黒澤先生。
「ここ。学校のプール?私、ちよちゃんの別荘で・・・あれ?」
「寝ぼけてるんですか?明日はインハイなんですから、今日は早めにあがってゆっくり休んだほうがいいですよ」
「え!?明日?・・・あ、あれ?私。寝ぼけて?え?」
 納得出来ない顔でプールから上がる。
「大丈夫?神楽」
 黒澤先生が近づいてきて声をかけてくれる。
「あ、はい。先生は別荘・・・あ、いいです。今日はもうあがります」
「えぇ。今日はゆっくり休んでね」
 更衣室で着替え帰路につく。
 夏の日差しと夏の音。
(私、ちよちゃんの別荘で遊んでたはずだよな。たしか、海で遊んでて・・・夢だったのかな?)
 家に帰ると、いつものように母親が出迎えてくれる。
 そのまま部屋に戻って上着だけを脱ぐとベッドに倒れこむ。
 神楽は夢だとわりきってそれを何度も何度も思い出そうとする。
「インハイ出て・・・でも、結局2位で。その後にちよちゃんの家の別荘で・・・夏祭り・・・海」
 鮮明に思い出される夏休みのこと。
 2位で悔しい思いをしたが、榊たちと行った別荘は楽しいことだらけだった。
「でも、夢。なんだよな」
 顔だけを横に向けてカレンダーを見る。
 そこには、ある一日だけ○がついておりそこにインターハイと書かれている。
 そして、その前々日まで×印で潰されていた。
 今日がインターハイの前日であるということが確実となった。

「え?優勝・・・?」
「やったじゃない神楽!!」
 プールから上がった神楽の側に水泳部の仲間や黒澤先生が笑顔で祝福してくれる。
「私が優勝?2位じゃなくて?」
「何行ってるのよ。大会新よ大会新。さすが神楽ね」
 電光掲示板もそれを示していた。
 大会新記録を出し、2位に1秒近い差で勝っている神楽の名前。
「え?」
 気づくと神楽は一人取り残されていた。
 目の前にはもう一人の神楽。
 その神楽は先生や仲間に囲まれ自分も笑顔で喜んでいる。
「違う。あれは私じゃない。私は負けた・・・1位の人に・・・1秒近い差で。自分の力が至らなくて」
 もう一度電光掲示板を見る。
 名前が変わっていた。
 1位と2位の名前が入れ替わっている。
「そうだ。これが現実。私・・・そうだ、海で泳いでで、今日のこと思い出して・・・落ち込んで」
 目を瞑ると、真っ暗な空間に徐々に夢だと思っていた部分が現実味を帯びて思い出されてくる。
「そうだ!溺れたんだ。苦しくて苦しくて」
 神楽が目を開く。
 そこは先ほどまで居たプールではない。
 真っ白な部屋。
「あ、神楽さん!」
 すぐそばにはちよが立っていている。
 涙を流していたのか、その頬は濡れている。
「ちよちゃん。ここは」
「目を覚ましたのか!!」
「よかったぁ。神楽ちゃん心配したで」
「まさか、神楽がおぼれるなんてな」
「・・・でも、目を覚ましたのなら・・・もう、安心だ」
 部屋の中に智、歩、暦、神楽が順番に入ってくる。
「えっくえっく。神楽さん死んじゃうかとおもって。っく」

 海で溺れた神楽は、榊と黒澤先生に助けられ病院に運び込まれたが、意識は戻らなかった。
 結局、彼女が目を覚ましたのは、溺れてから3日後のこと。
 それまでずっと、彼女の友人たちは代わる代わる部屋で様子を見ていたのだ。
「みんな。心配かけてごめん。あと、ありがとう」
「えへへ。いいんです、ちゃんと目を覚ましてくれましたから」
「じゃあ、あれは夢だったのかな」
「夢?」
 神楽は意識の無い間に見ていたものを教えた。
「走馬灯やな」
「大阪さん、走馬灯は意識のある時に見るものですよ」
「・・・それは多分、臨死体験だと思う」
「それって、賽の川原が見えたりするやつじゃないのか?」
 暦が榊に問いかける。
「憶測だけど・・・神楽さんが一番悔やんでいた時間・・・それを無くすことで不安を消すとか」
「あぁ。そういえばよく、お花畑が見えるとそういうのもあるな。快楽の方に行ったら死ぬって言う」
「じゃ、じゃあ。神楽さんがその夢の大会で満足してたら」
 ちよの問いに神楽が一気に青ざめる。
「・・・よく生きて帰ってきたな!!」
 智が神楽の背中をバシバシと叩く。
「ほんまや。ともちゃんなら絶対に死んでるで」
「どういう意味だよ」
 病室の中に苦笑が漏れる。
「神楽さん」
「ん?」
「これからは気をつけてくださいね。がんばれば大会には何度でも出れますけど、死んじゃったらおしまいなんですから」
「・・・うん。そうだよな。今回は負けたけど、次頑張ればいいんだ。悔むよりは努力だな」
「はい!」
 ちよの笑顔。
 それを見て、初めて生きているという実感がわいてきた神楽だった。




戻る