「でな、ヒタヒタって足音がするんだけど振り返ると誰もいないんだってさ」
 智が机の上に座って噂話をしている。
「くっだらねぇ。そんな都市伝説まがいの怪談、どこにでも転がってるだろ」
「そやなぁ。オリジナリティにかけるなぁ。。。。20点や」
 よみと大阪は毎度の智の話に呆れ顔だ。
「でもでも。事実だったら怖いじゃないですか」
「大丈夫だ・・・全部作り話だから」
 かすかに涙目のちよの頭を榊が撫ぜる。
 普段のお昼休み。
 馬鹿な話をして笑って嘲って呆けて突っ込んで。
 そう、この日まではみんな笑って過ごせたのだった。

 その日、ちよと榊は体育祭の打ち合わせで帰りが遅かった。
「榊さん、逆方向なのに送ってくれてありがとうです」
「いや。ちよちゃん1人だと危ないから」
 二人は公園に入る。
 普段、近道として通っている公園も人気の無い暗い公園は不気味な雰囲気をかもし出していた。
 ヒタヒタヒタ・・・・ヒタヒタヒタ・・・・
 ちよの耳にそんな音が入ってくる。
「ひっ・・・さ、榊さん・・・な、何か音が聞こえませんか?」
「音?」
 ヒタヒタヒタ・・・・ヒタヒタヒタ・・・・
 人の歩く音・・・しかし、濡れた脚で歩いているような水気を含んだ音。
 それが徐々に二人に近づいてくる。
「ぅぅぅ・・・これ、昼間に智ちゃんが言ってた」
「そんなことはない。大丈夫だ」
 榊はちよの手をとって歩き出す。
 心なしか歩くペースが先ほどよりも速い。
 足音はなおもついてくる。
 そして、二人は気がついた。
 その足音がもうすぐ後ろに来ていることを。
 急に榊の腕が一瞬だけひっぱられる。
「え?」
 榊はひっぱられた腕を見た。
 先ほどちよの手を握っていたほうだ。
 だが、その手の先にあったのは、鮮血が垂れ下がる肘から下のちよの手。
「ち、ちよちゃん!?」
 榊は周りを見回す。
 だが、周りはただの公園が広がるだけ。
 先ほどの足音の気配も今は完全に消えてしまっている。
「ちよちゃん!!」
 榊は公園内をくまなく探した。
 だが、ちよは見つからなかった。
 残されたのは、すでに温かみのなくなった小さな手だけであった。

「っくっくひっく」
 ちよは泣いていた。
 彼女がいる場所は、真っ暗な空間。
 どこにも光源などないはずなのに、自分の体だけはしっかりと見ることが出来た。
 そして、その右腕は、肘から下が無くなっている。
「・・・うっ・・・ぅっ・・・榊さん・・・智ちゃん・・・大阪さん・・・よみさん・・・」
 痛みは無かったが、恐怖と不安が彼女の心を染めている。
「みなさん・・・どこですかぁ・・・忠吉さん・・・怖いよぉ」
「ふふ。寂しいですか?」
 ちよの前に何かが現れる。
 ツインテールの小さな女の子。
 少女の姿もまた、この真っ暗な空間の中ではっきりと見て取れた。
「え?」
 少女の姿はちよそっくりだった。
 いや、同一人物と言ってもいいだろう。
「寂しいなら私が遊んであげます」
 無邪気な笑顔の少女がそう言う。
 同時にちよの頬に何か暖かいものがかかる。
 残った左手を動かそうにも動かない。
「あっ・・・あぁ・・・あぁぁぁぁ・・・」
 ちよの左腕と両足が無残にも転がっているのが目に映る。
 痛みはない。
 だが、それがさらに恐怖感を高めていた。
「ふふ。かわいい・・・お人形さんみたいです」
 少女がちよに近寄ってくる。
 ちよは不思議な力で体を押さえつけられ身動きがとれない。
 もっとも、そうでなければ倒れているだけなのだろうが。
「ぃ・・・ぃゃ・・・こ・・・こないでください!」
 もがこうとするがまったく動かない。
「私は・・・美浜ちよですよ〜・・・どうです?そっくりですか?」
 少女はクスクスと笑う。
「ちよちゃんもみんなにちゃぁんとあわせてあげますからね。安心してください」
 そこでちよの意識が途切れる。
 最後に見たのは、少女の不気味な笑顔だけだった。

「だから・・・ちよちゃんが消えたんだ!」
「もぅ、榊ちゃんたら、嘘が下手なんだから。つくなら私みたくうまくつかないと」
「お前も下手だけどな」
 教室の一角が騒がしい。
「大阪。昨日の話覚えているだろう!」
「昨日〜・・・えっと、なんやったっけ」
 珍しく榊があわてている。
「みなさん。おはようございます・・・どうしたんですか?」
 少し遅れて教室に入ってくるちよ。
「お〜、おはよ〜・・・あのな、榊ちゃんがちよちゃんが消えた〜って騒いでるんだよ」
「私がですか?」
 榊がちよに気づく。
「ちよ・・・ちゃん?無事だったのか?」
 ちよの肩を掴んでゆする。
「うあぁぁぁ。ぶ、無事って・・・な、なんのことですか〜」
「えっと・・・腕・・・はある」
「はう。ありますよ〜。あ、昨日は急に帰っちゃってごめんなさいです。途中でお父さんに会っちゃって」
 ちよがカバンを机に置きながらそんなことを言う。
 カバンから何かが落ちる。
「そうだったのか・・・」
「まったく、榊ちゃんも心配性だなぁ・・・あれ?これ落としたのちよちゃん?」
 智がそれを拾う。
 目と口を縫い付けられた人形。
 手足は異様に短い。
「何これ!?呪いの人形かなにか?」
「違いますよ〜・・・私のお友達です。もう1人の私といってもいいですね」
 そう言ってちよは人形を受け取る。
「そう。かけがえのない・・・影なんです」




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