「はぁ。もうあかん」
「どした?」
 大学の食堂のテーブルにつっぷす春日。
 同じテーブルについてオムレツを食べる滝野が聞く。
「雄一が恋しい」
「昨日、会ったばかりだろ」
「だからやねん。毎日でも会いたいんや」
「重症だな」
 大学に入学して3ヶ月。
 過去にも似たようなことはあったが、今日の春日はいつにもまして暗い。
「そら、ともちゃんは彼氏が近くにおるからえぇわ。遠距離の辛さなんてしらんもん」
「そうだけどさ。でも、佐伯も同じように苦しみながら頑張ってるんだろ」
「………多分」
「なら、大阪も頑張らないと」
「そやな。がんばらな」
 春日が顔をあげる。
 先ほどよりは明るさを取り戻したようだ。
「そうだ。今週の日曜にさ、よみ誘ってデパートにいかないか?新しい水着でも買おうぜ」
「よみちゃんか。久しぶりやな」
 高校卒業を境に春日たちはバラバラになった。
 水原は春日たちとは別な4年生の大学。美浜はアメリカに留学。榊は北海道で獣医師を目指し、神楽は他県の体育系大学へ。
 一緒なのは春日と滝野だけだ。
 佐伯雄一。彼は、スポーツ推薦で、関西にある大学へと進学していた。
「変わってないぜ」
「そか。楽しみにしとるわ」
 幼馴染の滝野と水原。進む道は違えどその関係は変わらなかった。
 もっとも、お互いに出来た恋人のせいで昔ほどの関係ではないのだが。
「………元気だせよ」
「おおきにな、ともちゃん」

 日曜日。
 春日は一人デパートの中を歩いていた。
「あかん。暇や」
 水原はサークルの会合。滝野も前日に急にキャンセルになっため、一人で来ていた。
「家に居たほうがよかったやろか」
 当初の目的であった水着売り場の前を通り過ぎる。
 横目でチラリと見たが、買い物をするような気分ではなかった。
 10分くらい売り場を見て、エレベーターに乗る。
「かえろ」
 珍しく空いているエレベーター。
 乗っているのは春日の他に一人の男性のみ。
「……春日?」
「え?」
 不意に男に声をかけられ振り返る春日。
 型の古いエレベーターがゆっくり下がり始める。
「沖君」
 沖和雅。春日の旧友で去年、一度再会した青年。
「買い物か?」
「そやで。沖君はなんでここにおるん?」
「大学はこっち来る言ったやん」
 沖の顔が険しくなる。
 沖は一度春日に告白した。
「一度は振られたけど、忘れられへんかったんや」
 結果は彼の言ったとおり。
 春日は沖の下を離れ、佐伯と想いを遂げた。
「私は……?」
 エレベーターが止まる。
 表示は1階を指しているが、ドアが開かない。
「あかん。どのボタンもきかんで?」
「どういうことや?」
「故障やろか」
 沖が非常用通信ボタンを押すと、係員の声が返ってくる。
 どうやら、機械のトラブルで止まってしまっているらしい。
 10分ほどで1階に下ろすとのことなので、それまでおとなしく待つことになった。

「あ〜、今日は厄日や」
「そうか?俺にとっては嬉しいで。春日と一緒におれるんやからな」
「沖君」
「ほんで、春日の彼氏は今日はきいへんのか?」
 春日の頭に佐伯の顔が浮かぶ。
 今頃は大学のグラウンドで野球の練習をしているだろう。
「近くにおらんのや。遠くの大学に行って」
「なんや。そうなんか。俺なら、春日を置いてどっか行ったりせぇへんで?」
「ちゃうねん。雄一は、そんなんやあらへん」
「春日」
 沖が春日に近づく。
 それにあわせて春日も下がるが狭いエレベーターの中。すぐに追い詰められてしまう。
「あかんよ」
「……俺を見てはくれへんのか」
 春日を抱きしめる沖。
「あかん。私は」
「俺は春日が好きやねん。一生幸せにする」
 幸せ。
 その言葉が春日の頭に響く。
「私は」
 沖の顔が春日の顔に徐々に近づく。
 涙を流すが、はっきりとした否定を表さない春日。
「好きや」
 春日の涙が零れ落ちる。
 彼女の脳裏にフラッシュバックする佐伯の顔。
 そして、一つのシルバーリング。
「ダメや」
 もう少しで唇が触れ合いそうな瞬間。
 春日は両手で沖を拒絶する。

「春日」
「かんにんな。けど、私には雄一しかおれへんのや」
 そう言って、左手を見せる春日。
 その薬指には綺麗に光る飾り気の無いシルバーリング。
 丁度その時、エレベーターのドアが開いて店員が入ってくる。
 エレベーターから降ろされる二人。
「春日。幸せか?」
「……幸せや。あまり会えへんことは寂しいけど、その分、会った時は心が張り裂けるくらいに幸せなんや」
「そうか」
 店員の謝罪を受け、粗品を受け取る。
 そして、二人は外に出た。
「春日」
「え?」
「幸せにならんと、あかんからな」
 それだけを言うと沖は走って行ってしまう。
 人ごみの中、すぐに春日の視界からその姿は消えてなくなる。
「沖君……ありがとう」




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