−CHIYO−
あれ?
私の家の前に停まっているトラック、お兄さんの机を載せていたような。
「では、これで」
「はい。ご苦労様でした」
お母さんに挨拶した男の人とすれ違う。
宅配業者さん?
「ただいま。お母さん、今のはなんですか?」
「あら、ちよ・・・おかえりなさい」
少しお母さんの顔が暗い気がします。
「トラックの中にお兄さんの机が見えたんですけど」
「・・・ちよ。お兄さんねアメリカに行ったの」
「え?でも、帰る日って日曜の朝じゃ」
「帰ったんじゃなくて、向こうに行ったのよ。ちよ宛に手紙を預かってるわ」
手紙?
私はとても嫌な予感がしました。
この手紙を読んでしまったらお兄さんとの関係が全て崩れてしまうんじゃないかっていう予感が。
けど、読まないとダメですよね。
「ちよ。家に入ってから読みなさい」
「あ、はい」
私は重い足取りで二階にあがります。
机に向かって手紙を・・・読みたくはないのですけど。
「・・・ちよへ。この手紙をちよが読む頃には俺はもう日本には居ないと思う」
−TAKA−
ちよへ。
この手紙をちよが読む頃には俺はもう日本には居ないと思う。
黙って出てしまってすまない。本当は、ちよにも言っておくべきだったと思う。
けど、俺はどうも意気地がないらしい。こんな形での報告を許して欲しい。
俺がちよの本当の兄じゃないことはもう知っていると思う。
お父さんはもっと別な形でちよに教える予定だったみたいだけど、突然のことで驚いただろう。
この家の本当の子じゃないのは俺だ。
だから、俺は家を出ることをあらかじめ決めてたんだ。
ちよを俺が守らなくてもよくなったら。そう決めてた。
先日、ちよに彼氏が出来たのを聞いた。
同い年くらいだけど、きっとちよを守ってくれるような相手になると思う。
それに、そろそろ俺も妹離れしないといけないと思ってたところだったから。
ちよはとっくに兄離れしてたのに、情けない兄でごめんな。
俺の方が整理ついたら、また会いに行くよ。
ちょっと変な文章になったけど、すまない。
俺のほうでも少し急なことでまだ気持ちが落ち着いていないんだ。
じゃあ、バイバイ。
−CHIYO−
「・・・お兄さん・・・」
あ、あれ。涙が・・・止まりません。
お兄さんの手紙が濡れちゃう。
っく・・・ひっく。
「くぅ〜ん」
「忠吉さん・・・そう・・・ですよね。お散歩・・・行きましょう」
今は何も考えたくありません。
お散歩に行って気分を変えるのもいいかもしれません。
・・・変わらないかもしれませんけど。
「じゃあ。行きましょうか」
・・・
「ちよちゃん」
あ。榊さん。
「・・・何かあった?」
「うっく・・・ひっく・・・えっく」
・・・
「落ち着いた?」
「はい」
私は榊さんから体を離して涙を拭きました。
あ、榊さんの服が私の涙で濡れてしまいました。
「お兄さんが・・・行ってしまったんです」
「・・・そうだったんだ。ひょっとしてと思ったけど」
「え?」
「昨日の夜。散歩していたお兄さんに会って、少し話をしたから」
そうだったんですか。
榊さんは少し戸惑ったような感じでしたけど、私に昨日の夜に話をしたことを教えてくれました。
−SAKAKI−
ん?あれは確か。
「あ、あの・・・」
「え?あぁ、君は確か・・・ちよのクラスメートの」
「あ。はい。榊です」
「こんばんわ。散歩かい?」
私の前にちよちゃんのお兄さんががいる。
私よりも背が高くてすらりとした男性。
物腰も柔らかくて優しくて、もっと、前に会ってみたかった。
「いえ・・・コンビニに買い物です・・・お兄さんは?」
「そっか。俺は適当にプラプラと。女の子の一人歩きには時間が遅いから送るよ」
「あ。ありがとうございます」
いつもなら男の人にこんなことを言われたら絶対に断るのに。
なぜか今は素直に従ってしまった。
・・・買い物も済み、でも全然会話が進みません。
「あのさ。ちよのことよろしく頼むな」
「え?」
急に声をかけられて思わず立ち止まる。
「俺はもうあいつの側には居られないから」
「けど」
「君がちよの友達の中で一番頼りになりそうだからさ」
そう言ったお兄さんの顔は少し寂しそうな笑顔だった。
けど。お兄さんはアメリカに帰ってしまうんだ。だから、なのかもしれない。
ふと私の頭にあることがよぎった。ひょっとして。
「お兄さんは、ちよちゃんが好き・・・なんですか?」
「兄だからね」
「・・・兄妹じゃなくて、男女として・・・です。お兄さんが恋人をつくらなかったのはひょっとして」
お兄さんは私に背中を向けて歩き出す。
「さぁね。もう、ここでいいだろ。じゃあ・・・ちよのこと頼むな」
肩越しに振り向いたお兄さんの顔は、先ほど以上に悲しさと笑顔の混じったそんな顔だった。
−CHIYO−
「そんなことがあったんですか・・・」
私は考えたことがありませんでした。
お兄さんが私のことをなんて。
「榊さん・・・みなさんには内緒にしてくださいね・・・私とお兄さんは血が繋がってないんです」
「・・・義兄妹・・・なんだ。そっか。それなら」
榊さんは夕日にしずむ町を見ている。
「ちよちゃん・・・ちよちゃんの気持ちはどうなの?」
「私の気持ち?」
「うん。お兄さんのこと・・・どう思ってるの?」
「私は」
私は・・・お兄さんのことが。
お兄さんのことが。
「好きです。大好きです。ずっと・・・ずっと一緒にいたいです」
そう言った時の榊さんの表情はとても暖かいものでした。
「なら、会いに行けばいい」
「でも・・・お兄さんは」
「大丈夫。ちよちゃんの願いはきっとかなうよ」
私の願い。
「はい!榊さん。ありがとうございます・・・あ、榊くん・・・」
「うん。ちよちゃんは、笑顔の方がいい。あと、修一のことは気にしなくて言い・・・私から言っておくから」
「いえ。帰ってきたら私が言います」
えへへ。
明日は土曜日です。
「明日、お兄さんに会いに行ってきます」
−TAKA−
「はぁ・・・」
本日十回目の溜息。
先日榊さんに言われてわかった。
俺はちよのことが好きだったらしい。
「はぁ」
本日十一回目。
ロリコンなのか俺は?
あぁ・・・それだけは認めたくはないのだが。
ちよが好きだってのは、間違いないよなぁ。
いや。まてよ。俺が好きなのは不特定多数の女の子じゃなくてちよだけなんだし。
ならロリコンじゃないな。うん。
「はぁ」
本日・・・・・
好きだとわかったとたんに失恋か。
ピリリリリリリ。
誰だ?俺がこんなに早くこっちに戻ってきてること誰にも言ってないはずだけど。
ピリリリリリリ。
「はいはい今開けます」
「・・・お兄さん」
ちよ?
やばい。幻視じゃないだろうな。
そんなわけはないか。いくらなんでも。
「えへへ。遊びに来ちゃいました」
「どうして」
「・・・お兄さん。ふつつかものですけどよろしくお願いします」
「へ?」
どうして、ちよが俺に頭を下げるだ?
「お兄さん。ちよをお嫁さんにしてください」
「・・・ちょ、ちょっと待て。どういうことだ?」
「私は・・・私はお兄さんが大好きです」
その日。俺とちよは・・・義兄妹から恋人になった。
−CHIYO−
「ちよちゃん留学するんやよね」
「はい。アメリカの知り合いのお家に住まわせてもらいます」
えへへ。
お兄さんの家に住まわせてもらうのです。
来年からはずっと一緒です。
「・・・なぁなぁ」
「なんですか?」
「ひょっとして、去年来たお兄さんか?」
う。大阪さんてば、たまにするどいですよね。
「はぁ。ちよちゃんにも春が来てるんやなぁ。私もガンバらなあかんな」
大阪さん。結構人気あるのに、本人が気づいてないからなぁ。
「ちよちゃん、がんばろな」
「はい!」
「まずは、私は大学受験や・・・彼氏つくるよりも難しいかもしれへんなぁ」
「あ。あははは・・・」