俺の名前は牧和輝。
 この春で高校2年になる。
 ひびきの市と言うところで生まれ育ったが、小5の時に親の都合で引っ越した。
 そして、中学1年の時にお袋が死んだ。
 親父と俺の二人の生活。
 長くは続かなかった。
 パン職人の親父は、お袋が死んだ後も何も変わらずにパンを作り続けた。
 お袋が死んで1年ほどたった日。
 俺は親父に嫌気がさして家を飛び出した。
 パンばかりを作り続けて、お袋の墓参りすら行かなかった親父。
 俺は親戚や友人の家に転がり込んでは、バイトに明け暮れた。
 中学の卒業も出席日数ギリギリと言ったところだったくらいだ。
 高校も入学はしたが、ほとんど授業にも出ていない。
 一応進級は出来たけど・・・行く気は無い。
 そして、去年の冬・・・親父も死んだ。
 事故だったらしい。
 徹夜でパンを作って、銀行に行こうとしたところを車にはねられたということだ。
 俺は完全に天涯孤独の身になった。
 親戚連中も親父が死んでからは俺に対していい態度はとらなくなったから。
 俺に残されたのは親父が経営してた店と親父とお袋のペアリング。
 俺はパン作りには興味はなかったから、店も全て売りに出した。
 そして、俺は電車にのって、このひびきの市に戻ってきた。


 電車が大きく揺れる。
 急ブレーキをかけたのだ。
「っと・・・」
「きゃっ」
 ん?
 転んだはずなのに、痛くない。
 それどころか俺の手には柔らかな感触が。
「あの、わたくしの上からお退きになってくださいませんか?」
「あ、あぁ」
 俺が顔を上げると、俺の下には一人の少女が横たわっていた。
 そして、俺の両手には少女のふくよかな胸が収められている。
 なるほど。感触の正体はこれか。
「!!!?・・・あっ・・・っっっ」
 んむ。悪くない感触。
「あぁ、悪い悪い」
 実際にはあまり悪いとは俺は思っていない。
 そういや、久しく感じてなかったなこういう感触。
 なごり惜しいが立ち上がることにする。
 ふぅん。
 ストレートのロングヘアーをツインテールにしている。
 顔もまだ幼さが残るが将来は美人になるだろう。
 胸はさっき触った感じだとCかDってところか。
 座ってるせいで正確にはわからないが、身長はたぶん150前後。
 なかなかの美少女だ。
「ちょっと」
 あん?
「手ぐらい貸しなさい」
 あぁ。なるほど。
 俺が差し出した手を持って、彼女が立ち上がる。
 そして、立ち上がると同時に俺の頬に平手打ちを食らわせる。
 ってぇぇ・・・
「ふん。警察に突き出されないだけましとお思いなさい」
 気の強い女だな。
 にしても、どっかで見たことがあるような。
 なわけないか。
 俺の知り合いにお嬢はいないはずだし。
『次はひびきの〜 ひびきの〜』
 車内アナウンスがひびきの駅到着を告げる。
 っと、降りないと。
 電車を降りると駅のホームから懐かしい町並みが見て取れる。
 ん〜。
 あんま変わってないな、あの頃と。


 まずは寝床とバイトを探さないとな。
 3月とはいえ、まだまだ肌寒い。
 野宿だけは勘弁願いたい。
 幸いにも、親父の店を売った金があるからしばらくはそうはならないだろうけど。
 駅を出ると、懐かしい感じの中にどこか新鮮さを感じられる通りに出る。
 やっぱ、駅前は5年もたてば変わるか。
「・・・和輝くん?」
「あ?」
 一人の少女が俺に向かって声をかけてくる。
 ショートカットのかわいらしい感じの子。
 俺と同じか、1つ2つ下ってところかな?
 でも、和輝くんって・・・ひょっとして。
「光?」
「やっぱり!!和輝くんなんだ。よかったぁ」
 陽ノ下光。
 俺がここにいたころの幼馴染。
 あの頃はいっつも俺について歩いてたっけ。
 へぇ。
 あの光がねぇ。
 なかなか可愛らしく育ったじゃねぇか。
「どうしたの?」
「んや。なんでもない。で、どうしてお前がここにいるんだ?偶然にしちゃおかしすぎるぞ?」
 俺はここに来ることは光には行っていない。
 いずれ挨拶には行こうと思ってたが、それはまだまだ先にしようとしてたし。
「和輝くんの叔父って人から連絡あって。今日ひびきのに来るの聞いてたから」
「なるほど。親父が光の家の連絡先を叔父さんに知らせてたのか」
「和輝くん、住むところ・・・どうするの?」
 俺が先ほど考えていたことを聞いてくる。
 まだ答えは出ていない。
 アパートを借りるか、ホテルに泊まるか。
「まだ決めてない」
「じゃあさ、家に来ない?あのね、今年から家にもう一人人が増えたの。だから去年リフォームして部屋はいっぱいあるから」
「あのな。ガキじゃないんだからそう言うわけにもいかないだろ。お前の親父さんたちはどうするんだよ」
「もう二人から許可は取ってます。それに、お母さんは是非そうしろって」
 しまった。
 昔と違って結構しっかりしてきてやがる。
 光のことだから思いつきで行動してるのかと思ったが。
「じゃあ、とりあえず今日一日はやっかいになるかな。んで、光の親父さんたちと話をして正式に決める」
「ん〜・・・ま、それでもいっか。じゃあ、早くいこ」
 俺は光と並んで歩く。
 さすがに光の家はまだ覚えている。
 元々は俺の家の隣だした。
「あ、そういや一人増えるって、赤ん坊でも出来たのか?」
「ううん。千影ちゃん覚えてる?」
「千影?・・・あぁ、お前の従兄弟のか?」
 確か、俺たちより一つ下で隣のきらめき市に住んでいたはずだ。
 母親が光のお袋さんの妹だから・・・父親がどこだかの社長だったっけか。
「んで?」
「今年から高校なんだけど、私の通ってるひびきの高校に行くことになったの」
「ほう」
「千影ちゃんの実家って駅から遠くて通うの大変だから、家で預かることになったわけです」
 ふむ。
 確かにひびきのときらめきは隣町とはいっても、電車で通うなら家を出る時間が1時間は違うだろう。
 なら、従兄弟の光の家に預かってもらうのが向こうとしてもうれしいことだ。
 土日はすぐに帰れる距離だしな。
「千影か・・・懐かしいな」
 昔は人見知りが酷くて、俺と光以外には懐かなかったっけ。
 光のとこに遊びに来てるときはいっつも一緒だったな。
「えへへ。あの可愛いまま大きくなったからきっとびっくりだよ」
「ほう」
 俺が相槌を打つと、光が一歩跳ねて俺の目の前に立つ。
 そして、満面の笑みを俺に向ける。
「ねぇ。私はどうかな?」
「ん〜・・・100点満点で・・・30点」
「えぇぇぇ!!酷い。ぶぅ」
 膨れっ面になった顔もどこか愛嬌があって可愛らしい。
 そういや、昔から俺は光にこういうことしてたっけ。
「冗談だ。可愛く・・・んや、綺麗になったよ。驚いた」
「ホント!?うわぁ、うれしいな。ありがとう」
 光が俺の腕に抱きつく。
 ふむ、こっちの成長もなかなか。
「あれ、家ってここらじゃなかったか?」
 俺はここら辺だと思ったが目当ての家は無い。
 記憶、結構あいまいになったかな。
「目の前にあるじゃない」
「へ?・・・えぇぇぇ!?」
 俺はリフォームと言ったから、中の間取りを変えたのかと思ったが。
 まるっきり全然別の家。
 というか。
「隣の俺の家が!!」
 そう、隣にあった俺の家の敷地にまでまたがって出来ている巨大な家。
 普通に考えて二件分の大きさの家だ。
「実はね、去年和輝くんの家・・・火事で燃えちゃったの。で、荒れたままになった土地を買って」
「家を大きくしたわけか」
「うん。私にとってもだけど、お父さんやお母さんにとっても和輝くんの家は思い出があったから」
 確かに。
 俺の家族がここに住んでいた時は、よく一緒にバーベキューをしたりお互い遊びに来たりしてたな。
 まぁ、光の家族に使ってもらえるなら、この土地も本望か。
「じゃあ、ささ。入って入って。千影ももう帰ってきてるはずだよ。駅で会ったから・・・あれ?そういえば、同じ電車だったのかな?」
「おじゃましまぁす」
 ふぇ、広い玄関だな。
 豪邸とまではいかないけれど、陽ノ下家3人プラス2人住んだところで全然平気そうだ。
 光の親父さん、結構稼いでるんだなぁ。
「千影ちゃん。いる〜?和輝くん来たよ」
「和兄様!?待ってくださいまし、すぐにいきますわ」
 はれ?この声と口調・・・同じ電車って。まさか!?
「和兄様。お久しゅうござ・・・っ!?先ほどの痴漢」
「君、千影だったのか?」
 二階から降りてきた少女。
 それは先ほど俺が電車のなかで、押し倒してしまった少女だった。
 いくらなんでもこれはお約束すぎないか?
「え?ひょっとしてすでに会ってた?」
「・・・電車の中でわたくしの胸をも・・・も・・・揉まれたのですわ」
「えぇぇぇぇ!?和輝くん本当なの」
 う。
 2人の少女に迫られる。
 千影の目には怒りが。光の目には疑いの色が見える。
「で、でもほらぶつかって偶然とか」
「確かに最初はそうでしたわ。しかし、この方は私の胸に手があるのを確認してから揉みましたの」
 しまった。
 確かにそうだったかもしれない。
「か〜ず〜き〜くん!!」
「言っておきますが。わたくし、あの和兄様となら同居してもよろしいと思ったのですが、こちらの方でしたらご遠慮いたしますわ」
 自分の蒔いた種とは言え情けない。
 ここで逆切れしても百害あって一利なし。
 謝ったとしても千影が許してくれるかどうか。
 というか、別に俺はここに住むとはまだ決めてないんだし。
 まぁ、それならそれでいいか。
「ふぅ。じゃあ、俺は行くよ。千影、悪かった。悪気は無くもなかったけど、ちょっと魅力的だったからついな」
 俺はカバンを持ち上げ2人に背を向け玄関から出る。
「和輝くん!?どこ行くの」
「今日はホテルでも探す。んで、明日、アパートとバイト探して・・・ってとこかな」
「ダメだよ。今日は家に泊まるんでしょ!千影ちゃんも、和輝くんを許してあげて」 
 ん〜・・・俺は別にここに住まなくてもいいんだが。
 というよりは一人の方が気楽でいいし。
「・・・勝手にしてくださいまし」
 千影はまた二階にあがっていく。
 多分、そこが自室として割り当てられているのだろう。
「ふぅ。もう。千影ちゃんはそういうのに免疫ないんだから、ダメだよ!」
「お前はどうなんだ?」
「え?」
「だから、胸揉まれたりとか。彼氏の一人くらいはいるんだろ?」
 光の顔が見る見る真っ赤になっていく。
 ありゃ、図星だったかな?
 そりゃこんだけ可愛ければそれも当たり前か。
「彼氏なんていないよ・・・私は・・・心に決めた人がいるもん」
「そうなのか?」
 心に決めた人か。
 先輩とかかな。
 なるほど、今はその想い人にそういうことをされてるのを想像して。
「そうなの!!ほら、そんなところに立ってないで早く入って。今日はお父さんもお母さんも早く帰ってくるから」


「和輝ちゃん、お代わりまだあるからね」
「はい」
 食卓には俺と光、光の両親。そして、先ほどから一度も目を合わそうとしない千影がいる。
 んむぅ。
 やばいな、千影の人見知りモード発動か?
 アイツ、機嫌が悪くなるど誰彼構わず人見知りの時と同じ態度とるからなぁ。
 高校生になってもその性格は変わらなかったか。
「千影ちゃんも。ね」
「はい。ありがとうございます。この煮物よく煮えていて美味ですわ」
 前言撤回。
 どうやら俺にだけ発動らしい。
「で、和輝くんはどうしたいんだね」
 今まで沈黙を守っていた光のお父さん・・・総一郎さんが口を開く。
「これからですか?そうですね、最初の予定ではアパートを借りてバイトでもしようかと」
「学校はどうするのかね?」
「行きません。編入試験も受けてませんし」
「えぇぇ!?和輝くんひび高に来ないの?楽しみにしてたのに」
「・・・わたくしはその方が安全でよろしいかと」
 いちいち突っかかるな。
 こいつ、こんな性格だったか?
「それは関心せんな。君はまだ16歳だろう。学業をおろそかにすると後々後悔するぞ」
「それはわかっているんですけど。真面目に出るかわかんないですし」
「和輝ちゃん、でも光や千影ちゃんと一緒に登校すれば、ちゃんと行けるようになるわよ」
 光のお母さん・・・真澄さん。
 相変わらずどこかずれているような。
 単純に行きたくないだけだし、行っても授業を受ける保障はない。
「とりあえず編入試験だけ受けてみればどうだ?」
 編入試験かぁ。
 いろいろ手続きが面倒くさそうだよな。
 前の学校にもなんか頼まないとダメなんだっけ?
 それを理由にやめるかな。
「手続きは俺と母さんがやっておこう」
 うげ。
「あ、でも俺、ここに住む気は」
「和輝ちゃんの部屋は前に和輝ちゃんが住んでいた家の方に同じように作ってあるから。あそこ、和輝ちゃん専用なのよ」
 やばひ。
 断る口実が見つからない。
 というか、そこまでされて断るのも・・・元々は親戚以上に仲のよかった人たちだし。
 むぅ。
「和輝くん。一緒に住もうよ」
「和輝ちゃん。私も男手が増えてくれるといろいろと助かるわぁ」
「・・・はぁ。わかりましたご厄介になります。ただ、自分のやりたいことが見つかったときには」
「あぁ。男として懸けたい夢が出来たときは応援して送り出そう」
 はぁ。なんだかなぁ。
「やったぁ。えへへ。ご飯食べたら部屋に案内するね」
「・・・ふぅ。これから部屋に鍵をかけないと」
 この2人。
 俺に対する態度が正反対・・・
 やれやれ。これからいろいろ大変なことになりそうだ。
「総一郎さん。真澄さん・・・光、千鶴。これからよろしくお願いします」

 
 

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