結婚式。
 まさか、こんなに早くすることになるとは思わなかった。
 昨日。
 ボクは和輝くんに会った。
 そして、最後の別れを果たしたんだ。
 あれ・・・変・・・だな。
 涙が流れる。
 昨日の夜、あんなに泣いたのに、まだ涙が枯れないよ。
「茜さん」
 相馬さん。
 ボクの旦那さんになる人。
「その服、似合ってるよ」
 ボクは真っ白なウエディングドレスを着ていた。
 ここはひびきの市から離れた小さな教会。
 今日は身内だけでの結婚式。
 ボクが成人したら、親戚やいろいろな友人たちを呼んで盛大にやる予定なんだって。
「茜」
「お父さん」
 今日はボクのお父さんとお母さんも来ている。
 相馬さんが呼んだみたい。
「・・・本当にいいのかい?」
「え?」
「薫に聞いた。俺はいいんだぞ。こんな結婚式はしなくても。許婚と言ってもただの酔った上での口約束だったんだからな」
「いいの・・・和輝くんとはもう」
 昨日わかった。
 和輝くんはもうボクを許してくれないと思う。
 ボクが悪いのはわかっているし、責任もある。
 だから、ボクは。
「そうか・・・雄一郎くん。段取りの確認があるから一緒に来てくれないかね」
「はい」
 お父さんと相馬さんが部屋から出て行く。
 窓からは春の訪れを告げる暖かな陽気が降り注いでいる。
 和輝くん。


「牧和輝!!」
 教室でホームルームを受けていると、見知った教師が教室に入ってきた。
 海老原先生。
 俺が3年間お世話になった担任の先生だ。
「校門の前でお前を呼んでいるのがいるぞ」
「え?」
 窓から外を見る。
 そこには、忘れたくても忘れられない面々が姿を見せていた。
 筋肉番長に火の玉番長。木枯らし番長。
 あと一人女の人はわからないけど、もう一人は総番長・・・茜の兄さんだ。
「俺は」
「いつまでウジウジしてるんだ。取られたら取り返す。それがお前じゃなかったのか」
 え?
「一文字とお前のことはよぉく知っている。行って来い」
「でも、卒業式」
「気にするな!教師が行けと言ってるんだ行け!!」
 俺は立ち上がる。
「悩む必要はないぞ。お前は俺の教え子の中で一番優秀なんだ。今、思っていることだけをやってこい」
 俺の中の霧が一気に晴れたような気がする。
 そうだ、何を悩んでいたんだろう。
 たった一回、男に取られたくらいで茜をあきらめるつもりだったのか?
 俺は馬鹿だ。
「先生。牧和輝、早退します!!」
「おう、行ってこい」
 教室から駆け出る。
 クラスのみんなも、頑張れだの連れて帰ってこいだの激励をしてくれている。
 まったく、先生が先生なら生徒も生徒だ。
 でも、今はそれはうれしくてたまらない。
「牧、いいか。姉さんをつれて帰ってこないとただじゃおかないぞ」
「火の玉番長」
「が、がんばで。おで、応援しでる」
「筋肉番長」
「姉さんに似合ってるのは、あんな優男じゃなくてお前みたいなヤツだ」
「木枯らし番長」
「少年。同じように後で後悔するなら、動くだけ動いて後悔しろ。あがける時は死んでもあがけ!」
「・・・その声。はは、ありがとう舞香お姉さん」
 そして、最後に俺の前に立っているのは、総番長。
「言うべきことは唯一つ。勝て」
「おう」
「牧、これに乗ってけ、ゼファー火の玉バージョンだ」
 真っ赤にカラーリングされたゼファーと呼ばれる種のバイク。
「みんな!ありがとう!!」
 俺はバイクにまたがり、一気にアクセルを開ける。


 教会の中に結婚行進曲が流れる。
 ボクの隣にはお父さんが。
 牧師さんの前に、白いタキシード姿の相馬さんがいる。
 ボクとお父さんは並んで、赤い絨毯の上を一歩、また一歩とゆっくり歩く。
「茜さん・・・本当に綺麗だ」
 そして、今、相馬さんはボクの目の前にいる。
「新郎よ。汝は富めるときも貧するときも新婦を愛し共に歩むことを誓いしますか?」
 牧師さんがゆっくりと誓いの挨拶を始める。
「はい、誓います」
 相馬さんが返事を返す。
「新婦よ。汝は健やかなるときも病めるときも新郎を愛し共に歩むことを誓いますか?」
 ・・・いや。
 ボクは・・・ボクは。
「新婦よ」
「茜さん、私がきっとあなたを幸せにしてみせるよ」
 ダメだよ。
 やっぱり・・・和輝くん。
「新婦よ・・・誓いますか?」
 返事はしたくない。
 でも・・・もう、無理・・・なんだよね。
「・・・は」
「待て!!」
 勢いよくドアが開かれた音と、そして
 振り向いたボクは心臓が止まるかと思った。
「和輝くん!!」
「茜!!」
 和輝くんは腕を大きく広げる。
 ボクは無意識のうちに駆け出して、彼の胸に飛び込んでいた。
「茜・・・ごめんな」
「ううん、ボクの方こそ」
 本当に和輝くんだ。
 昨日会った、怖くて冷たい和輝くんじゃなくて、前の暖かい和輝くんだ。
「・・・相馬さん。許婚かなにかは知らないけど。茜はもらっていきます。あんたじゃ茜は幸せには出来ない」
「牧くん。君は今、どれだけ非常識なことをしているのかわかっているのかい?」
「えぇ、わかっていますよ。ドラマじゃあるまいし、こんなこと許させるとは思ってないです。でも」
 牧くんは私を抱き上げる。
「この結婚式は、どうしても俺自身が許せません。じゃあ」
 そして、そのまま教会を出る。
 教会の中では相馬さんや、相馬さんのご両親がなにか言っているのが聞こえてくる。
 でも、お父さんがみんなを止めてくれてるみたい。
 ありがとうお父さん。
「これ」
 赤いヘルメット。
 これ、確か四谷さんの?
「帰るぞ」
「うん」
 ボクは和輝くんにしっかりとつかまる。
「あ、ちょっと待って」
 長いスカートの裾を裂く。
 よし、これでバイクの邪魔にならないかな。
「いいのか?」
「いいのいいの」
「じゃあ・・・しっかり捕まってろよ」
「うん」

「遅くなったな」
「もう、卒業式・・・終わっちゃったよね」
 学校に戻ってきたころには、すでに空は夕日で赤く染まっていた。
 校門のところにも、誰もいないところを見れば、みんな帰ってしまったんだろう。
「卒業式・・・一緒に出たかったね」
「そうだな。あ、そうだ・・・茜・・・こっちに」
 俺は茜の手をつかんで歩きだす。


「どこに行くの?」
 こっちって、中庭・・・だよね。
 もう、誰も残ってないと思うけど。
「ここでいい。茜・・・俺の気持ちをもう一度伝えたい」
 ここって。
 伝説の鐘の。
「俺は昔から・・・あの始めた会った日から茜のことが好きだった。そして、それは今も変わらない」
「和輝くん」
「あれだけのことを言って、いまさらと思うかもしれないけど・・・好きだ。俺と付き合って欲しい」
 あ、あれ・・・まだ、涙・・・出てくるよ。
 えへへ。
 もう、ボク・・・昨日から泣いてばかりだよ。
「うん。すごくうれしい・・・涙・・・止まらないよ」
「茜」
 暖かな和輝くんの腕。
 もう、二度と感じることは出来ないと思っていたのに。
「俺は、いついかなる時も茜を愛することを誓います」
「ボクも、もう何があっても離れないことを誓います」
 目をつぶったボクの、唇に触れる暖かな感触。
 和輝くん。大好きだよ。
 リン・ゴーン・・・リン・ゴーン・・・リン・ゴーン・・・
「あ・・・鐘が」
「壊れてるはずの伝説の鐘がなった」
 わぁっっっぁぁぁぁ
「え!?」
 突然、中庭に面した窓が全て開いて大勢の人が歓声と拍手をあげはじめた。
「茜!!よかったな」
 3階の窓からはほむらが叫んでくれる。
 まさか、みんな見てたの!?
「はっはっは。予想通りここで告白したか。牧、よくやったぞ」
「あぁぁっ!海老原先生・・・うぅ」
「ったく、先生もみんなも人が悪いぜ」
 どうやら、3年の中でもボクらと交友のあった人たちは残っていてくれたみたい。
 屋上に、お兄ちゃんたちの姿も見える。
「おめでとう一文字さん。伝説の鐘、なったね」
 えっと・・・あ、和輝くんの幼馴染の。
「ありがとう陽ノ下さん」
 へへ、恥ずかしいけど・・・みんなありがとう。
「牧和輝。一文字茜」
 急に後ろから呼ばれてボクと和輝くんは振り向く。
 その先には、爆裂山校長先生が立っていた。
 校長先生も残っていてくれたんだ。
「・・・二人を当校の就業課程を全て修了したことをここに証する。爆裂山和美」
 そして、差し出される一枚の大きな紙。
 これって。
「卒業証書」
「うむ。送付でもよかったのだがな。海老原先生から二人ならここに来るから待っているようにととめられてな」
 海老原先生。
 くぅ、さすがボクらの先生を3年間続けてただけはあるね。
 なんでもお見通しかな。
 みんなが盛大に拍手してくれる。
「みんな!ありがと〜!」


「ふぅ。まさか、俺たちが驚かされることになるとはな」
「うん」
 今、俺と茜は学校から出てゆっくりと歩いていた。
 みんなも、俺たちに気遣ってか、今は二人っきりだ。
「茜」
「なに?」
「ん〜・・・やっぱいいや」
「ぶぅ、気になるよ」
 そんな風に、傍から見ればただじゃれあっているようにしか見えないだろう。
 よかった。
 また、こうやって茜が俺の隣を歩いていてくれて。
 俺たちはひびきの高校の坂を下り終える。
 目の前にある児童公園。
「俺たちはここから始まったんだな」
「うん。そうだね」
 町の人にとってはただの児童公園だけど、俺と茜にはかけがえの無い場所だ。
 俺たちがたわいも無い話題で歩いていると、茜の携帯に電話が入る。
「・・・・うん・・・うん・・・ごめんね・・・・・・・ありがとう」
 多分、ご両親だろう。
「あ、ここにいるよ。ちょっと待って・・・お父さんが和輝くんと話しがしたいって」
「俺?」
 う、まさか顔も見たことないお父さんとの初会話が電話とは。
「もしもし。牧和輝ですが」
『今日はありがとう。もう少しで茜の幸せを奪うところだった』
 渋い声が受話器越しに聞こえる。
 怒られると覚悟していた俺には、拍子抜けの出だしだ。
『母さんと君の入ってきた一部始終を見ていて苦笑していたよ。まさか、俺と同じことをするとは思わなかったのでね』
「え!?」
『君のことは薫からよく聞いている。牧くん、茜をよろしく頼む』
「はい。茜は」
 俺は茜の顔を見る。
 幸せそうな笑顔。
 俺はこの顔を一生かけて守っていく。
「俺が必ず守り、幸せにしてみせます」
『そうか。俺たちは、またすぐに海外にたつが、次に戻ってくるときが楽しみだよ』
「はい。お気をつけて」
 俺は電話を茜に返す。
 まさか、茜の両親もとは。
 でも、これで不安は完全になくなったな。
「うん。うん・・・大丈夫だよ。気をつけてね」
 茜が電話を切る。
「えへへ、ボクの親公認の仲だね。相馬さんも、諦めてくれるってさ」
「諦めてくれなかったって、今度は俺がずっと茜の側にいるんだ、平気さ」
「そうだね」
『姉さ〜ん』
 俺たちの後方から大きな声が近づいてくる。
 あの声は、火の玉番長だな。
 後ろを振り向くと、ノーヘルでバイクに乗った火の玉番長が近づいてくる。
「俺たちきらめきに行って来ます」
「きらめき市に?」
「牧が、昨日喧嘩売られたって話じゃないですか。牧はもう俺たちの仲間だ、その仲間が襲われて黙っていられるかって」
「あはは。お兄ちゃんらしいや」
 そういや、そんなこともあったな。
 全然忘れてたや。
「ってわけで、2、3日みんな帰りませんので。んじゃ、俺も行って来ます」
「気をつけてね」
 火の玉番長の姿が小さくなっていく。
「みんな行っちゃった。あぁあ、今日は家に一人かぁ」
「寂しいか?」
「和輝くん・・・いてくれるんでしょ?」
「・・・ん。もちろんさ」
「じゃあ、早く行こう。旅行の続き。ボクがあの料理に負けないくらいおいしいのを作ってあげるから」


「ふぅ。食った食った。ごちそうさま、美味かったよ」
「おそまつさまでした」
 時間は午後8時。
「茜・・・」
「ん。だめ、片付けられないよ」
 和輝くんの息が首筋にかかる。
 ボクの背中に当たる和輝くんの体。
 前に回された和輝くんの腕。
 気持ちがいい。
 ずっと、こうしていたいくらいに。
「片付け・・・後で俺が手伝ってやるよ」
「・・・うん」
 和輝くんはボクを抱き上げると、寝室に運ぶ。
 寝室に並んで敷いた二枚の布団。
「茜」
「うん・・・初めてだから・・・優しく・・・してね」
「初めてなのか?相馬とは?」
 あ、そっか。
 あの日のこと知らないんだった。
「えっと、相馬さんには・・・実はあることを言ったの」
「うん」
「ボクはあなたに抱かれる気は無いって。結婚しても、絶対にバージンはあげないって。これは、和輝くんだけのものだから」
「茜・・・」
「たとえ子供が出来なくても、ボクは和輝くん以外にはきゃっ」
 ボクは和輝くんに抱きしめられ、そのまま布団の上に倒れる。
「茜、ありがとう。愛してる・・・これからも、俺の一生をかけて愛し続けるよ」
「うん」
 よかった。
 和輝くん。
 ボクも、君のことがだ〜い好きだよ!!

 
 

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