二人の間を風が吹き抜ける。
 俺の目の前には一人の漢が立っている。
 茜の兄にして、この一帯の総番長。
 俺の全身全霊をかけて勝たなくてはならない相手。
「覚悟はいいか」
 その一言。
 言葉にすればたったその一言だけなのだが、俺のすべての毛穴が開いたような感覚がかけめぐる。
 寒気が走る。
 腕や脚が震える。
 今すぐ逃げ出したい感覚にとらわれる。
 だが。
「いつでもかまわないぜ」
 逃げるわけにはいかない。
 絶対に。
「俺は負けるわけにはいかないんだ!!」


 番長の攻撃はすべてが超越していた。
 破壊力・スピード・技術。
 今まで俺が相手してきたヤツらとは桁が違う。
「この程度か!!」
 番長の太い腕が俺の腹に決まる。
 俺は吹き飛び、背中から地面に落ちる。
 一瞬、呼吸が止まり視界が暗くなる。
 まさか、ここまでとは。
 ここまで遠い相手だとは思わなかった。
「ふん。この程度なら、そこで寝ていろ」
 番長が背を向ける。
「くぅ、まだだ」
 俺はフラフラになりながらも立ち上がる。
 俺にはどうしても負けられない理由があるんだ。
 ふざけろ!
 俺の体はこんなもんなのか。俺の腕は脚はこの程度で終わってるのか!!
「不様に寝ていればいいものを」
「へへ。まだ、俺の全力はだしてないんでね。少なくともそれをてめぇに試すまでは寝てられねぇ」
 俺は手首と足首に巻きつけたリストバンドを見る。
「ほう。俺相手にハンデをつけていたというわけか・・・なめられたものだな!!」
 番長の叫びは大気を振るわせるかのような迫力だ。
 それと同時に俺の頭上に巨木のような脚が振り下ろされる。
 俺はそれを転がり避ける。
 だが、番長の攻撃はそれではやまなかった。
 乱打。
 俺の視界の中に手足が伸びてくる。
 紙一重で避けてはいるが、いつまで持つか。
「っ!」
 先にバテたのは俺の方だった。
 俺の動きが少し遅れ、右肩に番長の拳が触れバランスを崩す。
 それを逃すほど甘い漢ではない。
 俺が避けることの出来ない場所からの攻撃がやってくる。
 俺はそれを腕で受け、そのまま勢いに乗り後方に飛び退る。
「・・・お前を動かしているものはなんだ」
 ??
「俺がいままで相手にしてきたヤツらの中にはお前ほどのヤツはいなかった。何がお前を動かす」
「俺が戦う理由?大切な人を守るためじゃだめか?」
 俺は構えを取る。
「ほう・・・茜にあのような顔をさせることがお前の望みなのか?」
「え?」
 俺は番長の目の先、土手の上を見る。
 そこには茜の姿が。
 悲しげな表情。いや、ここからじゃわからないけど、涙を流しているのかもしれない。
「茜・・・」
「牧よ。お前の目指す先に茜の求めるものはない」
「俺は」
「今からでも遅くは無い、茜が好きならここでやめるのだな」
 俺は間違っていたのか。
 茜のためを思ってきたことは違ったのか?
 ずっとずっと、茜は。
 悲しい顔をしている彼女を見たことはあったけど、でも認めてくれていると思っていたんだけど。
「和輝くん」
 え?
 俺の頬に鋭い痛みが走る。
 気がついたら俺のすぐ目の前に茜がいた。
 赤くなった瞳、涙で濡れた頬。
 やっぱり、茜は。
「ダメだよ。途中で投げ出しちゃ」
「え?」
 茜の瞳からまた一筋の涙が。
「和輝くん・・・ボクを守ってくれるんでしょ?だったら・・・戦って・・・お兄ちゃんに勝って」
 茜が俺の手を握らせる。
 そうだ、俺は・・・茜の悲しませるために戦うわけじゃないんだ。
「茜・・・ありがとう。心配しないで後ろで見ててくれ」
「和輝くん・・・うん!」
 俺は両手両足のリストバンドをはずす。
 高校に入ってから、常につけ続け一定期間ごとに重くしていたもの。
「茜、こいつを持っていてくれ」
 はずしたリストバンドを茜に渡す。
「うん・・・え・・・これ」
「番長!!待たせたな・・・俺は戦う。これ以上茜を心配させないために!!」
 俺は再度構えを取る。
「おろかな」
「あんたも・・・本気だせよ!!」
 俺は地面を蹴って番長との距離を一気に詰める。
 まずは腹に肘を入れる。
 その一撃に番長が始めてその場にひざを着く。
 崩れる体。
 間髪いれずに顔面に回し蹴りを放つ。
「ぬぅ」
 番長の顔がはじけ飛ぶ。
「まだまだ!!」
 俺は膝と肘を多く使い、番長の体に連打を食らわせる。
 俺が前に習っていた武術の体裁きと打突。それにムエタイの技を合わせたような攻撃だ。
 最近、いろいろな武術の基礎をやってみて、このムエタイがもっとも俺の習っていた武術からつなげやすかったということなのだが。
「ふ。ふっはっはっはっは!!気に入ったぞ・・・お前を俺の敵と認めてやる。いくぞ!!」
 番長は叫びと共に気合を入れる。
「見せてやる・・・番長奥義」
 番長の頭上に何かが浮かび上がる。
 漫画の世界なら気とかそういったものなのだろうが、俺にはよくはわからない。
「ぬぅぁぁぁぁ!!袖竜!!!」
 番長の頭上に浮かんだそれは形を変え、巨大な龍へと変貌を遂げる。
「こいつはヤリガイがありそうな相手だな」
「受けれるのであればな」
 龍は俺に向かって一気に急降下をかける。
 対龍の攻撃なんて習ったことはないが・・・今ならなんでも出来そうな気がするぜ!!
 巨大な口を開き、俺を牙にかけんと向かってくる龍。
 こいつは実態の無い番長の作り出した龍だ。
 ならば!!
「はぁっ!!」
 俺は気合を入れ、その巨大な顔に向かって拳を打つ。
 龍と俺の拳との間に光の壁が生まれそこで龍が止まる。
 俺の気合と龍の気がぶつかって出来たもののようだ。
 あとは、完全に根競べだ。
 先に壁を破ったほうが勝つ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 気合と共に俺の拳から目に見えない衝撃波が発せられ、それが均衡を破り龍を貫く。
「ぬぅっっっ」
 龍が霧散すると同時に番長の口から血が吐き出される。
 どうやら龍のダメージはそのまま自分に返ってくるようだ。
「へ!どうだ!!」
「ふっ、やるな。こいつを破ったのは二人目だ」
 二人目?
「俺が先代総番長から総番長を譲り受ける際に、先代のを破って以来だからな」
「なるほど。あんたは今のを破って総番長になったわけか。ならそのあんたの技を破った俺の勝ちってことか?」
「まだだぁ!!俺が破ったときに編み出した最終奥義・・・それを受けてからにしてもらおうか」
 おいおい。この上最終奥義かよ。
 !?
 番長の気合が先ほどとは比べ物にならない。
 それどころか、気合で番長が大きく見えるぜ。
「くらえ!最終奥義・・・金茶小鷹!!!」
 番長の拳が地面を叩く。
 地面が割れそこから真っ赤な鷹が生まれる。
 実際には地面は割れてないだろうし、鷹も気合で生み出されたものなのだろうが。
 先ほどの龍の時とは周りの空気の質しら変わったような気がする。
「ゆくぞ!!」
 地面より生まれた7羽の火炎の鷹が一斉に俺目掛けて襲ってくる。
 俺は2、3羽は避けることが出来たがそこでバランスを崩してしまう。
 しまった!
 脚ではなく、腕を地面に立て腕の力で包囲している鷹を抜ける。
「つっ」
 瞬間、俺の左脚に1羽の鷹の翼が触れる。
 焼けるような熱さ。
 いや、実際にズボンが焦げ、脚には一筋の火傷が見て取れる。
「いつまで避け続けれるか、見ものだな」
 番長は鷹を自分のそばに戻し、鷹を上昇させる。
 脚の痛みシビレは少ないが、この状況下ではそれでも致命傷を招きかねない。
 先ほどのように避けるのは無理だ。
 龍の時のように真っ向からぶつかっていくっていくのも無理がありそうだ。
 さて、どうするかな。
「どうする?降参か?」
「冗談。その選択肢と敗北だけは俺の頭には無いぜ」
「そうか・・・ならば二度と立てないようにしてやるわ!!」
 そういや、さっき俺が龍を破ったときの衝撃波。
 あれを連続で放つことが出来れば。
 俺は自分の拳に目を落とす。
「・・・よし!」
 やる。それしか方法はなさそうだしな。
 全身全霊をかけて気合を右手に込める。
「でらぁぁぁ!!」
 拳からは先ほどのような衝撃波は出ず、ただただ空を切る。
 俺はすぐさま拳を引き、刹那拳を放つ。
 限界を超えるほどの連拳。
「無駄だ!!」
 鷹が再度俺を目掛けて飛んでくる。
 俺の目の前に不思議なものが入ってくる。
 虹色をした何かの塊。
 それが宙に浮いている。
 目の前に迫ってくる鷹。
「うぉぉぉぉぉっっ!!」
 俺はその塊を渾身の一撃で殴る。
 そいつは爆発し、そこから光の龍が無数に飛び出した。
 龍は鷹に噛み付き、一瞬にして鷹は全て俺の龍の前に消え去る。
 俺の龍はその後に一つとなり、そのままの勢いで上空から急降下し番長を貫く。
 その場に沈黙が訪れる。
 誰一人として動きをみせない。
「・・・ば・・・馬鹿な」
 沈黙を破ったのは番長だった。
 その言葉を残し、仁王立ちのまま背中から地面に倒れこむ。
 俺の方も全身が悲鳴を上げているが、倒れることは出来ない。
 俺は右手を高く掲げる。
「俺の・・・勝ちだ!!」
 それだけ言うと俺もその場に崩れ落ちる。


「っっ・・・ん?」
 体を動かそうにもどこもかしこも痛くて動かない。
 というか、ここはどこだ?
 和室だよな。
 見たことの無い天井。
 そもそも、俺の家には和室はない。
「和輝くん・・・よかったぁ」
 俺の頭のそばで茜が涙を流している。
「茜」
「体中すごい傷だし、息も乱れてて・・・死んじゃうかと思ったんだよ」
 ここ、茜の家か?
 それじゃあ、俺がどれだけ寝てたかはわかんないけど、ずっと看病しててくれたんだ。
 茜の瞳からは大粒の涙がボロボロと零れ落ち、肩も震えている。
「んっく・・・んっく」
「ごめん。でも、俺は茜を置いて死んだりはしないよ」
「っく・・・絶対?」
「絶対だ」
 俺は痛みの走る体に鞭打って起き上がり、茜を抱きしめる。
「言ったろ、俺は茜を守るって」
「うん。約束・・・だよ。ボクは約束を守らない人・・・嫌いだからね」
 俺は返事の代わりに、茜の唇をふさぐ。
 甘い香りと味。
「茜・・・俺は・・・牧和輝は一文字茜を一生愛し守り続けることを、番長に打ち勝ったこの拳に誓う」
「嬉しい。嬉しいよぉ・・・和輝くん・・・和輝くん」
 俺の胸で涙を流す茜。
 愛しく、俺が一生をとして守るべき女性。
 愛している。
 茜。

 
 

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