「姉さん。お電話ですよ」
「誰から?」
「あ、名前聞き忘れたっす。でも、ヤローでしたよ」
 ふぅ・・・でも、誰だろう。
 バイト先の店長か先生かな?
「もしもし、かわりましたが」
「あ、一文字さん?・・・牧だけど」
 え!?ま、牧くん。
 で、電話番号・・・は、クラスの住所録でわかるか。
 えっと、な。なんだろう。
「あ、うん。どうしたの?」
「夏休みだからさ、どこかに矢映画にでも行かない?」
「私と?」
「うん。ほら、バイトの一件以来、忙しくてあまり会えなかったし」
 こ、これって。
 デートのお誘い・・・なのかな?
 あっ。でも、別にただ映画見るだけだし・・・違うよね。うん。
「だめ。かな?」
「ううん。いいよ、えっと・・・じゃあ、いつにしようか」


 ん〜・・・この服、なんか似合ってないかも。
 じゃあ、こっちのは・・・地味、かなぁ。
 あっちの服は気に入ってるんだけど、今の時期じゃ暑いよね。
「ん〜・・・ん〜・・・」
 普段、こんな風に服を選ぶことなんてないからなぁ。
「姉さん、失礼します」
「うわ!?・・・ば、バイト番長。おどかさないでよ」
「何度もノックしたんですけどね」
 総番長ことお兄ちゃんの下には、まず番長四天王っていうのがいるの。
 で、このバイト番長さんは、番長四天王で唯一の女性。まぁ、不良のなかでも女性はこの人だけなんだけどね。
 本名は知らない。教えてくれないんだよ。
 他の四天王のみんなの名前は知ってるんだけど。
「明日は男性とデートだそうで」
「え?・・・あ、や、やだなぁ。違うよ。会って、映画見て、お茶を飲むだけだよ」
「・・・それは、世間一般的にはデートと言うような・・・」
 あ、あはは。やっぱりそっか。
「で、姉さんこういうことに慣れてなくて困っているかと思いましてね」
 あう。お見通し?
 でもおかしいなぁ。牧くんに会うなんて誰にも言ってないのに。
「アタシが衣服から自然なお化粧まで全部面倒みてあげましょう」
「え!?・・・バイト番長が?」
「ふっふっふ。こう見えてもバイト番長の名は伊達じゃないんですよ」
 バイト番長が含み笑いをはじめる。
 マスクで顔が隠れてるからものすごく怖いんですけど。
「美容系のバイトは、着付けからメイクまで幅広くこなしてますから。なんなら、短時間エステもしましょうか?」
 ん〜。バイト番長・・・すごいけど謎な人だ。
 なんでこんな人が番長四天王やってるんだろう・・・
 まさか、番長のバイト!?・・・こんどお兄ちゃんに聞いてみようかな。
「・・・って聞いてます?」
「へ?あ、あぁ・・・ごめんなさい」
「ふぅ・・・その、あいての男の趣味とかは?」
「趣味か・・・えっと・・・」
 あれ。私服で会ったことがないかも。
 前に改装工事の時は、ボクも牧くんも汚れてもよさそうな服だったし。
「わかんない」
「そうですか。んじゃ、万人受けするような格好にしましょうか」


「おはよう。牧くん。ひょっとして・・・待った?」
「そんなことないよ。今きたと・・・一文字さんだよね?」
「え?あ、うん。そうだけど。どうしたの?」
 今日のボクの格好は、水色のノースリーブの上に紺色のジャケット。下は白っぽいキュロットの格好。
 何か変かな?
 バイト番長の見立てだし、ボクもこの格好は気に入ったんだけど。
「あ、いや。ううん。なんでもない」
 むむむ。あやしぃ。
 絶対になにか隠してる。
「映画始まるし、行こうか」
「あ。うん」
 後で問い詰めちゃおっと。
「映画って何を見るの?」
「色々迷ったんだけど、今日はスニークアクション物にしようかなって」
「あ、それってメタルギア?」
 牧くんが首を縦に振る。
 やったぁ。前から見たかったんだよね。
 一人の工作員があるテロ組織に進入する奴なんだ。
「これでよかった?」
「もちろんだよ。ボクも今度、見に行こうと思ってたんだから」
「そっか・・・・あ、やば。急がないと」
「え?あ、ちょっと待ってよ」


 すごかった。
 CGとか言われてもよくわかんないんだけど、迫力が他の映画と全然違うの。
「すごかったねぇ」
「あぁ。これを考えたやつもすごいけど、あのスネークを演じた役者もすごいな」
「うんうん。渋いし。かっこいいし。惚れちゃうなぁ」
 もぉぉ。タバコが似合うナイスガイ。
 口数が少なくて運動神経もよくて頭もいい。
 実際にあんな人がいたらボク絶対にファンになっちゃうな。
「確かに。あれは俺も理想にしたいよなぁ。あ、メニュー決まった?」
「うん。牧くんも大丈夫?」
 牧くんがうなずき、ウェイトレスさんを呼ぶ。
 ここは映画館の1階にあるカフェ。
 パンフレットとかグッズも売ってるから、映画が終わった後はここが便利なの。
「ん〜。おぃし」
 ここのカフェのパンケーキってすごく美味しいんだ。
 あまり食べにはこないけどね。
 はれ?・・・牧くん。なんか、ボクの顔をみてばっかり。
「ん?どうしたの?ボクの顔に何かついてる?」
「あ、いや。なんでもないよ。なんでも」
 んむぅ。さっきお手洗いで鏡見たけど、別に顔に落書きがあるとかってわけじゃなかったし。
 なんか、朝から様子がおかしいなぁ。
「ねぇねぇ。朝から変じゃない?」
「そんなことないって。いつもどおり、ふつーふつー」
 ・・・じーーーー
 ・・・じーーーー
 ・・・じーーーー
「う。俺の態度ってそんなにおかしい?」
「うん」
「そ、そっか・・・」
「ボクのせいなの?ボクのせいで楽しくない?・・・なにか嫌なことがあるなら言ってよ・・・」
「ち、違う違う!一文字さんのせいじゃないんだ。それに楽しくないわけでも嫌なことがあるわけでもないし」
 うそ・・・ついてるようには見えないんだけど。
 でも、牧くんって自分を隠すのうまそうだからなぁ。
 ・・・本当にボクのせいで楽しんでくれてなかったらどうしよう。
 結構ショックだなぁ。
「あ、あのな。今日・・・俺がソワソワしてるのは・・・」
「うんうん」
「・・・一文字さん・・・が、いつもより・・・かわいいから」
 へ?
 えっと。かわいい?誰が?
「ほ、ほら。今日・・・ちょっと化粧してるだろ。で、すごくかわいらしく見えちゃって」
「ぼ、ぼ、ぼ、ボクがかわいい!?」
 そんなはずないよ。だって、ボクってこんな性格だし、顔だって別にかわいいほうじゃないと思うし。
 えっと、牧くんの幼馴染の・・・陽ノ下さんだっけ?あの子の方がずっとかわいいし。
「あ、一文字さん・・・座らないの?」
 はう。気づいたら立ち上がってた。
 回りもみんな私たちの方を見てるし・・・
「そ、外にでよっか」
「うん。そうしようよ・・・ボクもそう思ってた」
 うぅ。体が暑いよぉ。  あの後はボクたちはほとんど何も話さないで歩いてた。
 本当はバスに乗るんだけど、ずっと・・・ずっと。歩いて帰ってきたの。
「あ、あの」
「あのさ」
 んっ。ほとんど同時に言葉が出た。
 日も暮れてきた頃。ひびきの高校のある坂の下を通りかかった時。
「なに?」
「そこの公園で休んでいかない?足、疲れただろ?」
 公園。
 ボクも昔によく遊んだ児童公園。
 ブランコがあって滑り台があって、想い出の砂場がある公園。
 ボクも同じこと考えてた。もう少し一緒にいたくて。
「うん。あ、ボクなにか冷たいもの買ってくるよ」
 たしか近くに自動販売機があったはず。
 ボクは牧くんの返事も聞かずに駆け出した。
 ふぅ。ドキドキするよ〜
 えっと自動販売機は・・・あ、あったあった、ボクはお茶でいいけど牧くんは。コーヒーでいいか。
「でも、あの公園に入るの久しぶりだなぁ」
 ボクの初恋の男の子と出会った場所。
 あの夏休みに初めて会った男の子。お互いに一人だったから一緒に砂場でおままごとして。
 ・・・優しい子だったな。
 そうだ、ボクが商店街で買い物して重かったときに、代わりに持ってくれたっけ
 でも、それっきり会えなくて。
 夏休みが終わった後も、町内を走り回ってずっと探したっけ。
 今ごろ、どこにいるのかな
 「・・・その男の子が牧くんだったら・・・いいのに」
 にゅぅ。あははは。何を言ってるんだろうボク。
 恥ずかしいなぁ。えへへ。
「ただいま。コーヒーでよかっ」
 ボクは息を呑んだ。
 ボクが戻ったとき、牧くんは公園の砂場の真ん中に立っていた。
 そのもの悲しげな目は、あの時の男の子とダブって見える。
「おかえり」
「え?あ、うん。はいコーヒー」
 どうしてだろう。
 さっきあんなこと考えてたからかな。
 あう〜・・・牧くんの顔まともに見れないよ。
「あのさ、一文字さんに聞いてほしい話があるんだ」
 話?・・・ダメ、心臓の鼓動が早いよ。期待しちゃだめだよ。だって
「う、うん」
「俺のガキのころの話。俺さ、7年前までこの町で住んでたんだ」
 ウソだよ。そんなの・・・出来すぎだよ
「それで、この公園である一人の女の子と出会ったんだ」
 ボクはこらえきれず涙が流れてきた。
 牧くん・・・牧くん。
「やっぱり、一文字さんだったんだ。初めて見たときからひょっとしてと思ってたんだけど」
 ボク。ボク・・・ずっと待って、もう会えないと思ってて
「ごめん。俺が引越しのことを知ったのは、引越しの前日なんだ。本当は君にも教えておきたかったんだけど」
「ずっと、ずっと探したんだよ?・・・っく・・・泣きながら・・・っく・・・走り回って」
 ボクは、もっていた缶をその場に落とし。牧くんに抱きついていた。
「ごめんな」
 牧くんの手の感触が私の頭に感じられる。
 家族以外で初めて好きになった人。
 何度も何度も夢を見ては、夜中に一人で泣いたこともあったんだよ?
「一文字さん」
「え?・・・あっ」
 牧くんが、ボクを見つめる。
 ・・・こ、怖い・・・
 好きなはずなのに・・・でも、怖いよ・・・
「・・・ん」
 目を瞑っていたボクの、額に微かに湿った感触。
 え?
「ごめんな。もう、遅いし帰ろう。送っていくよ」
 牧くんが背を向けて公園を出ようとする。
「・・・本当にごめんな」
 顔はボクの方は向いてないけど、すまなそうな顔をする。
 あ・・・ボクが振るえてたから
 牧くんに・・・ボクが怖がってるのがバレたから
「ま、牧くん」
 とっさに牧くんの服のすそを掴む。
「いいよ牧くんなら・・・怖いけど・・・牧くんなら・・・ボク・・・んっ!」
 そう言った瞬間、ボクの唇はふさがれていた。
 牧くんの顔がボクのすぐ目の前に。
「・・・ふぁ・・・んっ」
 さっきまで怖かったはずなのに。
 気持ちが・・・今は、とても安らいでる。
 牧くん。


「ここまでいいの?」
「あ、うん。少し外にいないと・・・顔、赤いだろうし」
 7年ぶりに再会がわかっただけでも驚きなのに。
 ボクの・・・ファーストキス
 えへへ。
「じゃあ、また明日」
「あ・・・待って。もう少し・・・だけ」
「あぁ」
 牧くんがそばにいると安心する。
 大変だったけど、ひびきの高校に入学できてよかった。
「ねぇ。ボクも牧くんがあの時の男の子ならいいなってずっと考えてたから」
「俺もだ・・・似てるだけじゃなくて、あのときの女の子が一文字さんならいいなと思ってた」
 お互いにうつむく。
 ダメ。顔がまともにみれないよぉ。
「牧くん」
「ん?」
「・・・・・・ふふ。なんでもない。じゃあ、またね」
 ダメ。まだ・・・言えないよ・・・好きだなんて。
 恥ずかしいもん。
 でも。きっと・・・いつかは

 
 

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