その日。琴子は眠りにつけなかった。
普段は寝つきも寝覚めもいいほうなのだが、今日に限ってはそうではない。
なぜか、身体が火照ってしまっている。
「ふう。どうしたのかしら」
布団から起き上がり、枕もとにおいてあったポットからお茶を注ぐ。
お茶は既に冷めてしまっているが、火照った身体にはちょうどいいくらいだ。
「不吉なことが起きる前触れじゃなければいいのだけれど」
窓から見える外には綺麗な月が出ていた。
「そっか。今日は満月なんだ」
「ど、どうしたの琴子!?」
「目が真っ赤なのだ」
「目の下に隈もできてます」
結局、一睡も出来なかった。
「なんでもないわ。ちょっと眠れなかっただけ」
食卓についても、身体の火照りは消えない。
しかし、時間が過ぎるたびに、その火照りは心地よいものに変わる。
「ねぇ。顔赤いけど、風邪かなぁ」
光が琴子の額に手を当てる。
「ん〜。少し熱あるかも」
「じゃあ、今日は水無月先輩は屋敷で待機なのだ」
「え?大丈夫よ」
立ち上がろうとした琴子の肩を光が押さえる。
「いいのいいの。今日はゆっくり休んで。ね」
3人に無理矢理押し切られて、琴子は屋敷で待機していることとなった。
とはいえ、身体が火照っているだけで体調が悪いわけではない。
「じゃあ、行ってくるね」
「先輩。薬は出しておいたから飲んで欲しいのだ」
「ゆっくり休んでくださいね」
3人が出掛けると、とたんに暇になる。
ピリリリリリリ。ピリリリリリリ。
防犯ブザーが部屋の中になる。
「誰かしら。まさか泥棒?」
琴子は、手元のスイッチを操作して、防犯カメラの映像を近くのモニターに映す。
何物かが、屋敷の正門の前を行ったり来たりとうろついている。
「明らかに不審者ね。あら?」
モニターがアップになり、顔がはっきり見て取れる。
「穂刈くん!?」
その顔はよく見知った顔。
しかし、この事件が始まってからは行方不明になっていた青年。
クラスメートにして、琴子の想い人の穂刈純一郎。
琴子は屋敷を飛び出し、正門に走った。
純一郎を自分の部屋に招き入れ、彼の顔を見る。
「穂刈君。無事だったのね」
「水無月さんこそ」
純一郎は琴子を抱きしめる。
お互いの体温を確かめるべく、ゆっくりと長い時間をかけて抱擁を行う。
「いままでどうしていたの?」
「友達と剣の修行に海外に行ってたんだ。そして戻ってきたら変な犬に襲われるし」
純一郎の体格は、高校の頃よりもがっしりとしている。
それに、少し大人っぽくなったようにも見えた。
「水無月さんを探していたら、駅前で陽ノ下さんたちに出会ってここのことを聞いて、それで来たんだ」
「そう。出会えてよかったわ」
「水無月さんたちは一体ここで何を?」
琴子はこれまでのことを話した。
和輝が魔王であること、美幸や華澄たちが死んでしまったことを。
「信じられない。けど、そんなウソついてもしょうがないだろうし、真実なんだよな」
純一郎が手を握りしめる。
あまりの力に手のひらから出血してしまう。
「俺がいれば、何かが変わったかもしれないのに」
「けど、あなたが日本にいなかったおかげで、こうやってまた会うことが出来たわ」
琴子は素直に喜んだ。
普段の彼女からはとても考えられないような態度だ。
「なぁ。俺と一緒に海外に行かないか?」
純一郎の口から、突然そんな言葉が出る。
「まだ日本にしか、その魔王の手は届いてないみたいだし」
「でも。私は光たちと」
「ダメだ!そんな危険なこと」
珍しく純一郎が声を荒げる。
彼は筋金入りのフェミニストだ。極度の恥ずかしがりやで女性に弱いだけと言う話もあるが。
「水無月さん。いや、琴子。俺はキミが傷つくのなんて見たくないんだ」
純一郎が琴子を見つめる。
「君一人なら、俺が絶対に守ってやる」
強く抱きしめる。
琴子の火照りはさらに高くなる。
もう、彼女の思考は完全に停止し、全てを純一郎にゆだねていた。
「わかったわ」
琴子がブレスレットをはずし、机の上に置く。
「ごめんね。光」
そして、再度2人は抱き合う。
琴子の頭の中をよぎる、あの戦い。
しかし。
「愛してるよ。琴子」
この囁きで琴子の頭の中は、純一郎のことしか考えられなくなった。
「こう見れば、ただの女か」
突然、純一郎の背後で男の声がする。
琴子が、首だけを動かし純一郎の肩の上から覗き込む。
「な!?あ、あなたは」
「よくやった。ジュン」
「この程度でいいなら、いつだってするさ」
純一郎が琴子を放し、後ろを振り返る。
琴子が間合いを取るために動こうとするが、足が動かない。
「え?」
琴子が視線をさげると、自分の足から徐々に石と化してきている。
だんだんと身体が冷たくなっていくのを彼女は感じた。
「く。不覚だわ。穂刈君があなたの手先だなんて。坂城君が敵だったのを思い出せば考えうる範疇だったのに」
「ほう、もう正気に戻ったか。気に病むな。思考能力を奪ったのも作戦のうちだ。後は任せたぞ」
魔王が消える。
後に残されたのは、胸の辺りまで石化した琴子とジュンだけ。
「でもいい能力だろ。身体が火照って感覚が高まるんだ。琴子も自分で何度もタッしてたじゃないか」
深夜の出来事を言われ、琴子の心には恥辱。そして、怒りと悲しみが湧き出す。
「俺はキミにアイを届けに来たんだ。愛情ではなく、悲哀だけどね」
琴子の全身が完全に石化してしまう。
すでに、呼吸も心臓も、全ての機能を止めてしまったことだろう。
ジュンは石化した琴子に口付けをし、彼女に背を向ける。
「なっ!?」
しかし、立ち去ろうとしたジュンの胸を、木の枝が貫く。
彼が振り返ると、そこには生身の琴子がジュンを見据えている。
「どういうことだ」
「夢想華。この花の匂いを嗅いだ者は夢を見るのよ」
「ちぃ。いつから気がついていた」
ジュンが胸の枝を抜き捨てる。
そこには真っ黒な血がこびりついている。
「最初からよ。いくらなんでも、ただの剣であの魔物を倒せるわけがないわ」
ジュンに一歩近づく。
「それに、正気の穂刈君に私を抱きしめるなんてできないわよ!転身!!」
「バカな!どこからが夢だというんだ」
「さぁ、最初からかもしれないわね。ひょっとしたらこれも夢かもよ」
琴子のサーベルがジュンを捕らえる。
右腕が肘から斬れ、床に落ちる。
「さぁ、観念なさい。私は光たちとはちがって、あなたたちを許すつもりはないわよ」
「くっくっく。それで勝ったつもりか。俺の名前、不死人ジュンイチロウだぜ」
ジュンが落ちた腕を持ち上げ、切り口に当てると傷がふさがり元に戻る。
「昨夜はいい、満月だったなぁ」
ジュンの身体が、長い体毛で覆われていく。
上半身の服は裂け、中から同じく体毛で包まれた熱い胸板が。
手や足は肥大し、鋭い爪が伸びる。
「その姿。獣憑きね」
「せめて、ライカンスロープと言ってくれよ」
「私が横文字が嫌いなの知ってるでしょ」
琴子が横なぎにサーベルを振るう。
しかし、今度は簡単にかわされてしまう。
「せっかちだなぁ」
顔のも体毛が生え、口は伸び、長い牙がその口の間から見てとれる。
体毛は次第に銀色に変わっていく。
そう、ファンタジーに出てくる狼男。それがいま琴子が対峙しているものの名前だ。
「うらぁぁ!」
ジュンの爪がうなる。
その爪が触れた壁や床などが石化する。
「こいつで傷ついたものは、なんでも石になるんだ。気をつけな!」
「ご忠告どうも」
しかし、狭い部屋の中。簡単に追い詰められてしまう。
「逃げ場がないぜ」
「狼も匂いに敏感なのかしら」
琴子は左手にもった木の実を床に投げつけた。
すると、そこから白い煙があふれ出る。
「ぐ。ぐあぁぁぁぁぁ」
「私はわからないけど、凄い匂いなんでしょうね」
煙が部屋に充満するまでは、数秒とかからなかった。
すさまじい匂いを撒き散らす煙に、ジュンがのた打ち回る。
「くそぉぉぉ」
窓ガラスを割り、外に飛び出る。
琴子もそれを追って外に飛び出し、ジュンの前に立つ。
「知ってたかしら。伊集院さんって、結構自然が好きなのよ。だからこの屋敷にも植物がいっぱいなの」
突如、琴子の後方に巨大な木が生える。
その木から枝が伸び、それがジュンを捕らえようと襲う。
「クソ!」
間一髪それを避ける。
しかし、巨木から放たれる枝はまさに、雨のごとく降り注ぐ。
「ちぃ。ならば、直接お前を!!」
ジュンは多少の傷を省みず、一直線に琴子に襲い掛かる。
背をそらし、巨大な口で琴子に噛み付く。
「ふふ。何をしているかしら?」
しかし、当の琴子の声は、ジュンの後方から聞こえる。
ジュンが噛み砕いたものはただの木の人形。
「あなたのお仲間が以前やってたことを真似させてもらったわ」
そこに隙が来た。
巨木の枝が、ついにジュンを捕らえ、腕と足の自由を奪う。
「くそ、こんなもの!」
ジュンが枝を傷つけ、石化させるが、すぐに戻ってしまう。
「無駄よ。木剋土。あなたと私じゃ、相性が悪いの。つまり、あなたに勝ち目はないって事」
木がジュンを絞めつける。
「ぐぉぉぉぉ」
そして、徐々に巨木の中にジュンが吸収されていく。
「不死人だろうがなんだろうが、この地球に吸収されてしまえば糧になるだけよ」
「ば、ばかなぁ」
「ば、ばかなぁ」
「本当に私って馬鹿ね」
琴子はすでに下半身が石化している。その姿も変身はしておらず、普段着のままだ。
ジュンの方は変身はしているが、その身から無数の植物が生え、体が徐々に朽ちていく。
「変身していないと、ここまで。か」
実は琴子に石化はかかっていた。
魔王が現れ、ジュンの気がそれた瞬間に夢幻華をかがせたのだ。
そして、彼が大口を開けたときに、止めを刺すための凶死草を飲ませた。
「用心のために、この二つを持っていて正解だったわね」
凶死草は生物の体内で、その宿主となった生物の養分を吸い取り生長する。
そして、その後。宿主と共に朽ち枯れるのだ。
ジュンの動きが止まり、一瞬にして塵と化す。
「愛する人と心中なんて。哀しいだけよ」
琴子は涙を流し、そして、完全に石と化す。
今度こそ、現実の中から琴子が消えた。
石像となった琴子がゆっくりと塵に変わり、消えてゆく。
「琴子?」
「光さん。これ」
すみれが琴子のブレスレットを見つける。
「どうしてこれが」
「先輩。心を落ち着けてこれを見て欲しいのだ」
そして、屋敷内のカメラがあの戦いの結末を3人に告げる。
「そんな。琴子ぉぉぉぉ!!」
作者 「ハイOK」
光 「今回は全然、出番がなかったぁ」
琴子 「私は逆にさすがに疲れたわ」
すみれ 「あれ?穂刈さんは?」
和輝 「あっちでうずくまってる。そりゃ2回も抱き合ってキスすればな」
匠 「もう、真っ赤だよ。顔」
メイ 「それにしても、今回の話は表現が難しいのだ」
美帆 「そうですねぇ。どれが夢でどれが現実なのか」
和輝 「まず、俺が現れるところまでは現実だろ」
光 「それで、そこであの変な花をかがせるのよね」
メイ 「と言うことは、石像にキスするのも、そのあとの戦いも夢なのか?」
作者 「うん。そうそう」
琴子 「そして、あの戦いの夢でほら、木の人形を食べるじゃない。その時に現実ではあの死ぬ草を食べたのよ」
光 「なんでこんなに複雑にしたの?」
作者 「さて。シナリオ書いてたらこうなった。やっぱ、水無月さんは孤独に戦わないとって」
琴子 「やってるこっちはものすごく大変なのよ」
作者 「でしょうね。さて、物語も佳境にはいってまいりました」
すみれ 「第1部も残すところあと3話。一体どう終わるのか。こうご期待!!」
作者 俺の台詞をとるな」
チャンチャン
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