「牧和輝!!!」
「あん?」
飯を食っている俺の頭上から頭骨に響く声が耳に入ってくる。
どれくらいのボリュームかと言うと、ボリューム最大のテレビの音声をすぐそばで聞いたくらいだ。
顔をあげると、そこには明らかに応援団か十年前の不良という感じの学ラン姿の男。
「貴様に決闘を申し込む!!!」
「いちいち叫ばなきゃしゃべれんのか」
俺に一枚の手紙をたたきつけてきた。
「総番長様がお呼びだ!!!必ず来るように!!!」
そういうと男性は屋上から校舎に戻る。
俺はあっけにとられながらも手紙を読んでみる。
まぁ、大体の内容はわかっているが。
『牧和輝。最近の貴様の態度は目に余る。本日夕刻。河川敷公園まで来られし』
シンプルと言うかなんと言うか。
軽いめまいを起こしてしまった。
「俺、なんかしたかな?」
「逃げ出さずによく来たな」
公園の中心に一人の男が立っている。
身長は2mをゆうに越し、学ランの隙間から見える腹は割れ、組んでいる腕は女子のウエストほどもある。
目深にかぶった学生帽。それに、長ラン。まわりでギャラリってる不良ども。
総番長?
「一応、来いと書いてあったから来たが、何のようだ?」
「問答無用。貴様に制裁を与える!!」
ダメだ、聞く耳もたないって感じだ。
「あんた、死なないようにな」
土手を降りる途中に声をかけられる、女性か。
縁起でもない。
ま、あんなのに殴られたら死んでしまうかもしれないが。
「はぁぁ!」
俺が土手を降りると、突如低い声と共に上段への蹴りが飛んでくる。まさに丸太だ。
身を屈めそれを交わすが、頭上を通り過ぎるはずの脚がそのまま急落下。
「ぐぅ」
肩でそれを受けとめる。だが、それは蹴りというレベルを遥かに超えている。
「よく受け止めたな」
「あそこから軌道が変わるなんて見た目以上に技巧派だな」
はっきり言ってこの体格からは全然想像がつかないようなスピードだ。
その上、この体格どおりの重さと威力。
それならば先の先を取って反撃させなければいい。
「行くぞ!」
俺は地面と平行に跳躍した。
その位置は番長の脇を抜け、その背後。
片手で地面を掴みブレーキをかけ回転。遠心力でその脚に蹴りを入れる。
「ぬ」
番長が一瞬だけひるんだ。
地面を押さえていた片手の力を爆発させ飛び上がる。
空中でその後頭部へ後方回し蹴り(オーバーヘッドキック)を放つ。
俺も姿勢を崩し肩から落ちるが、後頭部を蹴られた番長のダメージの方が上のはず。
「その程度か?」
はずなのだが、まったく効いた様子もない。
「化け物め」
見た目どおりの筋肉は、人間の急所すら隠しているのか。
「和輝!!もうやめておけ!!お前じゃ無理だ」
土手を見るとほむらが叫んでいる。
来てたのか。
「赤井のいうとおりだが、俺は貴様を帰さん!!」
番長の右ストレートが伸びる。
常人であれば、なにもわからないうちにダンプにはねられたような状態になってしまうだろう。常人であれば。
俺は、その腕に自分の腕を絡ませ半身をそらし拳をかわす。
腕が完全に伸びきったのを見極め、絡ませた両腕にそれぞれ反対方向に力をこめ、番長の身体を下方へと沈める。
「ぬぅ」
巨体が一瞬だけ宙に浮き、地面に背中から落下する。
地響き。まるで熊が倒れたような振動だ。
「総番長が」
「バカな」
「か、和輝・・・お前」
俺は倒れたままの総番長の方を向き構えを取る。
この程度では終わるわけがない。
予想通り、ゆっくりと起き上がりこちらを見る。
「合気道か」
「いや、古武術の一つ、大東流合気柔術の前身。表には伝えられることの無い八卦合気術」
「なるほど。どうりで」
合気道とは後の先をとる武道。
相手の攻撃の力の向きを変え、その力で相手を投げ飛ばす、または間接を決める。
最近では護身術として習う女性などが増えてきている。
「しかし、その技では俺は倒せんよ」
「だろうな。その筋肉の壁は俺には少々厚すぎる」
俺の使うのが普通の合気道であればな。だが、八卦合気術にはそんなものは関係ない。
「はぁあ!!」
番長の拳が飛んでくる。
先ほどとは、そのスピードや拳圧がけた違いだが。
先ほどのように背中から落としてもダメージは期待できない。ならば。
「こうするまで」
俺は先ほどと同じように腕をとり、力の向きを変える。が、その向きは下方ではなく上方。
番長の腕を両手でそらし、その勢いで右腕の肘を鳩尾にいれ、突き上げを加える。
その瞬間、熊ほどの巨体が完全に宙に浮く。
しかし、このまま落としては先ほどと、さほど変わらない。
「うおぉぉ!!」
俺は気合一閃、右拳を番長の顎に突き入れそのまま地面に叩きつける。
熊と言うのは全身筋肉の固まりだ。それゆえ体重もすさまじいものがある。
体重が重ければ重いほど、頭から地面に落ちれた時の衝撃はすさまじく、自重でつぶされ首の骨を折ってしまうのだ。
「な、何をしたんだ・・・」
「番長が浮いたと思ったら、頭から地面に」
さすがに首の骨は折れてないだろうが、立ち上がるのは無理なダメージが入ってるはず。
お?いつのまにかギャラリーが増えてるぞ。
「和輝。お前、強かったんだな」
匠に純まで土手で見ている。
「なかなかやるではないか。久しぶりに面白くなってきたぞ」
「ウソ・・・だろ」
番長が起き上がる。首を何度か振るが、あまりダメージは受けてなさそうだ。
本物の化け物だ。
ったく、こんな化け物は師匠だけで十分だろうが。
「お兄ちゃん!!」
土手から声がする。
振向くとそこには同じクラスの女子が。確か、一文字さんだったかな。
「何をしているの、やめてよ!!」
「茜。俺は、茜の兄でも総番長としてでもなく、一人の漢としてこヤツと戦いたい」
いまいち意味がわからん。
けど、俺も久しぶりに気持ちが高揚してきてしまった。
「俺も、ここでやめる気にはなれないさ」
番長がニヤリと笑う。
「俺の最大奥義、見せてやろう!ハァ!!!」
番長の気合が大気を揺らす。
学ランがはためき、光を放つ。
「なんだ?」
さすがの俺も半歩だけ下がってしまう。
それほどまでの気合だ。
「いくぞ!!最大奥義!袖龍!!!」
番長の学ランの裏地が更なる閃光となる。
そこから龍が具現化し、学ランの袖から放たれ、上空に現れる。
「・・・・」
さすがに言葉にならない。
ゲームや映画ならまだしも、現実にこんなことが起こるなんて。
《グァギャァ!!》
龍が一吼えすると、大気がさらに震え、鳥や魚が狂い舞う。
周りのギャラリーも声を出すことが出来ないでいる。
龍の鋭い瞳が、俺を睨む。
「ハァァァッ!」
番長の気合のこもった声と同時に、龍が俺を目掛け閃光となる。
「チィッ」
右へ回転しそれをよける。
くっ。脚をもっていかれたか。
左足に激痛が走り、燃えるように熱い。
「まだまだぁ!!」
振向くと龍はその首をこちらに向け、番長の掛け声と共に、再度突撃の構えを取る。
「ならば!」
俺は、右足一本だけで跳躍する。
狙いは番長そのもの。
「ぬ」
俺が体制を崩し番長にとってはチャンスだったはずなのに、番長は先ほどから全く動いていない。
どうやら龍を出している間は動けないようだ。
「うぉぉぉ!」
俺は番長のその顔面に拳を叩き込む。
が。
「ぐはっ」
俺の背中と脚に激痛が走る。
龍の牙が俺の背を貫ぬき、爪が両脚を引き裂いている。
龍が消え、俺は地面に叩き付けられる。
「終りだな」
番長の声がする。
しかし、その声は先ほどよりもずっと弱い。
間違いなく疲弊している。龍を出したせいか。
「まだだ」
俺は、無傷の両腕の力だけで飛び上がる。
最期の頼みの綱の両腕。
脚はもう、立っているだけで精一杯だ。
「ほぅ。その力、精神、全てにおいて俺と同格。俺も後一撃が限界だ。次の一撃で立っていた方が勝ちだ!!」
正真正銘、最期の一撃というやつか。
だけど、俺の方がこの賭けは、はるかに分が悪い。
俺は攻撃を受け、立っていなくてはいけないのだから。
「いいだろう。受けきってみせる」
先ほどの攻撃を見る限りでは、1度目で相手のバランスを崩し、2度目が真の一撃。
1度目を見切っても、2度目を食らえばそれで終りだ。
もちろん、1度目の食らってしまっても、今の状態なら立ってはいられないだろう。
「はぁぁぁぁ」
番長の気合が大気を揺るがす。
「袖龍!!」
掛け声と共に閃光が。そして、龍が姿をあらわす。
「いくぞ!!!」
龍の閃光の一撃。
俺は最初ッからこの一撃はかわすことに決めていた。
前転し、龍の下を潜り抜け、腕の力で地面と水平に飛ぶ。
最初の一撃のように、番長の背中を取る。
これで、龍と俺の間に番長が挟まれることとなった。
「バカめ!俺を盾にするつもりか」
龍が上空に飛翔し、俺の頭上高くでその動きを止める。
「盾じゃねぇ!」
俺は、番長の学ランに力をかける。
腕のところから裂け、俺の手には学ランの背の部分が握られている。
「死ねぇぇぇ!!」
掛け声と共に龍が俺目掛けて落下してくる。
その様はまさに雷。
爆音が響き渡り、あたりは土煙によって視界がさえぎられる。
「和輝!!!」
土手の方から叫び声が聞こえる。
「俺の勝ちだな」
番長が膝をつく。しかし、その意識ははっきりとしているようだ。
「いや、俺の勝ちだ」
俺は煙のなか、番長に向かって拳を放つ。
その拳は、見事に顎にヒットし、脳を揺らす。
「ば、かな」
番長の巨体が前のめりに倒れこむ。
確実に脳震盪を起こしただろう。さすがに立ち上がってくる気配は無い。
俺は、高らかに腕を上げる。
『おぉぉぉぉぉぉ』
ギャラリーから割れんばかりの歓声だ。
先ほどの龍の衝撃や、この声で近所の人まで出てきてしまった。
「ん。何事だ」
げ、もう目が覚めやがった。なんて身体してるんだか。
「お兄ちゃん」
「和輝」
一文字さんとほむらが近寄ってくる。
「大丈夫か?なんかすごいことになってけど」
「あ。あぁ・・・あれ、俺、あの龍に噛まれたりしたのに、傷は無い」
先ほど背中を噛まれ、脚に爪を立てられたはず。
「あの龍って、実体はないから傷にはならないんだ。でも、神経には作用するから痛みはあるんだよ」
一文字さんが俺に説明してくれる。
「それより、どうやって2回目を防いだの?」
「これだよ」
俺は、ボロボロになった布を見せる。
元々は番長の学ラン。
「いちかばちかの賭けだったけどね。この学ランなら防げるんじゃないかって」
「なるほどな。俺の学ランは袖龍を出すための特別仕様。確かにそれであれば防げるであろう」
番長はすでに立ち上がっている。
おいおい、本当に化け物だな。
「で、なんでこんなことしてたの」
一文字さんが番長につめよる。
「俺もそれは気になる。俺はなにもしてないはずだが」
番長が俺と一文字さんを見比べる。
「こいつが茜を泣かせたのだろう?」
「え?」
「昨日、電話しながら泣いてたではないか。たしかその時に『カズキくん』と」
「そ、それは別人だよ!!牧和輝くんじゃなくて数木修くんのこと」
ま、まさか。
俺は人違いでここまでされたのか?
「だよな。一文字さんとはクラスメートってだけだし」
「え?覚えてないの?私のこと」
覚えてない?はて?
「そっか。そうだよね。もう8年もたったんだし」
「貴様!茜に何をした!!!」
番長が立ち上がる。
「袖龍は使えないが、代わりの技など幾らでもある」
気合で大気が震える。
「さぁ、立て。第2ラウンドの開始だ」
・・・うそだろ