「メイ。はい、これ」
和輝が可愛らしい巾着を差し出す。
「なんなのだ、これ?」
「なにって、今日はホワイトデーだよ。バレンタインのお返し」
「も、もらってよいのか?」
そうか、今日はホワイトデーだったか。すっかり忘れていた。
そういえば、先月のバレンタインは頭に血が上り、電脳部のみんなが見てる前で渡してしまったな。
「本当は手作りにしようとおもったんだけど、難しくて」
和輝の顔が少し赤くなる。
「手作りじゃなくていいのだ。これで、十分なのだ」
「へぇ、それ飴ですか?」
耳元で声がする。
ゆ、雪峰!?
「ど、どうしてここにいるのだ」
「どうしてって、ここ部室ですよ?部員がいても変じゃないでしょう?」
「ちょっと待て、今日は部活は休みだぞ。まさか」
和輝がドアを開くと、数人の電脳部部員が雪崩れ込んでくる。
あきらかに、ドアに身体を預けていたとしか思えない。
「貴様ら。覗いていたのか?」
「あ、あははは」
部員たちは『雪峰が言い出した』とか『俺は止めたんですけど』とか言い合ってるが。
全員同罪。
なんらかの処罰を考えないと。
「ふぅ」
ん?和輝?
「どうしたのだ。ため息などついて」
「ん?あぁ、いや、なんでもないんだ」
あきらかになんでもなくない。
そういえば、ここ1ヶ月ほど、悩んでいる姿を何度も目にしている。
何を聞いてもなんでもないって。
「もう少し、頼って欲しいのだ」
「え?何か言った?」
「なんでもないのだ」
けど、和輝が悩んでるのは実はもっと前からだ。
こんなに毎日のようにため息をつくのはここ一月ほどだけれど。
冬休み前には、少し悩んでいた部分もある。
「あのさ。話があるんだ。今夜10時に思い出の場所で待ってるから」
私だけ聞こえるように耳打ちし、部室から消える。
とても不安だ。
嫌われちゃったのかな。
「メイ様?メイ様?」
「ん、あぁ。どうしたのだ?」
帰りのリムジンの中、私は咲之進の呼びかけにすぐに反応できなかった。
「なにかお悩みでも?レイ様をお呼びいたしましょうか?」
「いや、いいのだ。これは、メイの問題なのだ」
頭から和輝のことが離れない。
考えがまとまらない。
ホワイトデーのプレゼントもらえたんだから嫌われてないとは思うけど。
でも、バレンタインのチョコあげたから、ただのお返しかもしれないし。
「咲之進。メイは和輝に嫌われてしまったと思うか?」
「和輝さまに?いいえ、そのようには思いませんが?いつもとお変わりないように見えますが」
そうか。しかし、和輝は他人にはあまり本心を見せないからな。
「それに、和輝さまは次期伊集院を担うもの。先日も旦那様とお話をしていたようですし」
「そうなのか?」
「はい。ここ1ヶ月ほど前から、何度か本宅でお話をしていると。雪之丞が言っておりました」
知らなかった。
たしかに、たまに部活を休んだりしてすぐに帰ってしまったりしていたが。
1ヶ月ほど前か。ちょうど和輝の態度がおかしくなってきたあたりだな。
一体なんの話をしていたのだろう。
「和輝さまが信じられないのですか?」
「そんなことはないのだ。そんなことは」
和輝のことは信じている。
信じているのだが、大きな不安に押しつぶされそうにもなる。
午後9時30分。
約束は10時だったが、自室にいると嫌な考えでいっぱいになるので早めに来てしまった。
場所は河川敷公園。
思い出の場所と言えばここだ。けど、ここは別れてしまった場所でもある。
いい思い出と嫌な思い出。その2つがここにはある。
「あれ、メイ。もう来たんだ」
公園の中心に和輝がいる。
まだ30分前なのに。
「う、うむ。待たせてしまったか?」
「ううん。それにまだ時間前だしね」
公園の方に降りていく。
懐かしい。
「ここで、こうして会うのは2回目だね」
「そうだな。あの時は本当に楽しかったのだ」
けど、その後に、この公園で何日も何日も待って。そして泣いてしまった。
「メイに話すことがあるのだろ?」
「うん」
土手に座る。
和輝も私の隣に腰をおろした。
沈黙。
「あのさ」
和輝がポツリとつぶやく。
「アメリカに行くことにした」
アメリカ。アメリカ合衆国の略称。米国。
って、違う違う。
「旅行か?」
「いや、コミナにスカウトされたんだ」
文化祭でコミナの関係者が来ていて、名刺を渡せと言うから、和輝に渡した。
確かにそうじゃないかと考えたこともあったが。
「なぜアメリカなのだ?」
「向こうの大学に留学することにしたんだ」
「大学?」
「うん。アメリカで本格的に帝王学や経済学なんかを学ぼうかと」
帝王学や経済学。
それは私も小学生にあがったころから少しずつ覚えさせられた学問だ。
伊集院のように上にたつものの学問として。
「メイのお父さんに話をしにいって、向こうでいい大学を紹介してもらうことになったし」
「それでお父様と」
確かに、今の日本ではそういった学問を学ぶには環境が少なすぎる。
アメリカなら、多くの大学で教えているし、レイお姉さまも卒業後に留学すると言っていた。
「いつのなのだ?」
「来週の木曜」
「あと1週間ないのか!?」
和輝が『ごめん』と謝る。
しかし、まさかそんな話になっていたとは。
「相談して欲しかったのだ」
「ごめん」
また謝る。
私が欲しい言葉はそんな言葉じゃないのに。
「2年で帰ってくる。メイにふさわしい人になって。だから、待っていてくれるか?」
「嫌なのだ」
即切り捨てる。和輝の顔がなんとも形容しがたい顔になった。
ふん、メイに相談しなかったバツなのだ。
「メイはもう待ってるなんていやなのだ」
「そっか」
「だから、今度はメイが会いに行くのだ」
「え?」
まったく、今度は急に顔が明るくなる。
いつものしゃっきりした態度はどうしたのだ。
今日はまるで子供ではないか。
「アメリカなんて簡単にいけるのだ。メイは伊集院なのだから」
「ん。ありがとう」
抱きしめられた。
本当に子供のようだな。
「和輝。メイは和輝を信じているのだ。これからもずっと」
不安になっていたのがバカみたいだ。
そうだ、私は和輝を信じるんだ。何があっても、誰が敵になっても和輝だけは。
「頑張るのだ。途中で音を上げたら承知しないのだ」
「ん。わかってる。絶対にメイにふさわしい人になるよ」
和輝の顔が赤い。多分、私も真っ赤になっていると思うけど。
それに、3月だと言うのになぜか、暖かい。
和輝の心を感じると、どうしてこうも暖かくなるのだろう。
「ふぅぅぅ。よかった」
「どうしたのだ?」
「いや、嫌われたらどうしようって。相談もしなかったし、急だし」
「メイは。和輝を嫌いにはならないのだ」
和輝に嫌われても、私は嫌いにはならない。
初恋は実らないって、前に雪峰が言っていたが、ウソのようだな。
「行っちゃったね」
「うむ。しかし、帰ってく来た時にはきっと見違えているのだ」
空港でヤツを見送った。
最初は電脳部の部員や学校のクラスメート、その他の女(!)がいたのだ。
ロビーで見送った後は、私と光の2人になった。
「あぁ〜あ。やっぱりメイちゃんか」
「なにがだ?」
「和輝君を射止めたの」
聞いた話だと、今回のアメリカ行きを光はもっと前から知っていたらしい。
幼馴染みはずるいな。
「和輝君にね、昨日、告白したの。『好きです』って。けど」
光の目からかすかに涙がこぼれる。
「『俺はメイのためにアメリカに行くんだ。この意味わかるよな』だって」
まだ、空を見上げている。
「私だって、8年前から。ううんもっと前から待ってたんだけどね。負けちゃった」
私は何もいえない。
今までにこんな事無かったし、知識にも無い。なんて言っていいのかわからない。
ただ、一緒に空を見上げているだけ。
「メイちゃん。幸せになってね」
そう言って、メイの方に顔を向ける。
すると大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「光・・・先輩」
「いいよ、光で。あぁ。やっぱり上向いてないと、涙、でちゃう、な」
私も涙がこぼれる。
あの日、強がりをいったが、私も学生だし。
海外なんて修学旅行の時みたく簡単にはいけない。
「和輝。早く・・・会いたい」
和輝が行ってしまって、まだ数十分。
心が張り裂けそうに痛い。
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