おかしい。
おかしい。
あの日から私はかなりおかしい。
「なんなのだ、この気持ちは」
合宿から戻ってきて、ずっと気持ちが落ち着かない。
今日は夏休み最終日。部活も無いので、自室で寝間着のまま、ベッドの上で悩んでいる。
「うぅ。よくわからないのだ」
ドアがノックされる。
「どうぞなのだ」
ドアが開くと、そこにはお兄様が立っていた。
「やぁ、メイ」
「お兄様がこの別宅に来るなんて珍しいのだ」
お兄様は、私の自慢のお兄様だ。
カッコいいし、成績も優秀だし、スポーツも万能だ。
今は、お兄様は本宅に。私はひびきの高校に通うために、ひびきの市の別宅に住んでいる。
「咲之進から、メイが何か悩んでいると聞いてね」
「咲之進が」
「可愛い妹が悩んでいるのだ、相談に乗るのも兄の務めだろう。何かあったのか?」
お兄様はやっぱりカッコいい。こういうときに本当にたよりになる。
お兄様が部屋のソファーに座る。
「ふむ、イラついているのか?」
「え、なんで?」
「マクラは寝る時に使うものであって、投げるための物ではないよ」
お兄様が、ソファーの側に転がっていた私の枕を拾い、ほこりを払う。
そういえば、さっき、頭がこんがらがって投げてしまったような。
「あの、悩み・・・があるのだ」
お兄様なら、きっと相談に乗ってくれるよね。
「実は」
「なるほど。その和輝って先輩が気になるわけだな、メイは」
「ち、違うのだ!和輝はあくまでも部の先輩で副部長でメイをサポートして川でドキで温泉でドキドキなのだ」
自分で言ってて、最後は意味がよくわからない。
うぅ。
ベッドに備え付けてある鏡を見ると、顔が赤い。
お兄様がメイの隣に座る。
「メイ。メイは最初の電脳部と今の電脳部はどちらがいいと思う?」
「今のほうがいいのだ。みんな前と違って、覇気があるのだ」
今の電脳部は、文化祭の出し物の準備で大忙しだ。
みんな自分から進んで作業をしている。
「じゃあ、前、ダメだった原因は?」
「メイ・・・のせいなのだ」
それもちゃんとわかっている。
それで、電脳部がよくなるきっかけを作ったのは。
「和輝・・・が、みんなを引っ張ってくれてるからなのだ」
お兄様が私を抱きしめる。
「そこまでわかっているなら、大丈夫だろう。もう少し彼をよく観察しておくことだな」
「ん。わかったのだ。観察して、和輝の人の動かし方をマスターするのだ」
「ちょっと意味は違うんだが。まぁ、いいだろう」
お兄様はやっぱりやさしい。
お兄様と比べたら、和輝なんて月とすっぽん。いや、太陽とミジンコくらいの差があるな。
あ、ミジンコはかわいそうだから、犬にしておこうかな。犬っぽいし。
「ふむ。まさかここまで変わってくれるとは。今度、なにかお礼をしないといけないな」
「お兄様?」
「なんでもないこっちの話だ」
お兄様が立ち上がる。
「少しは元気になったようだね。よかった。それじゃあボクは行くよ」
「うん。ありがとうなのだ」
お兄様が部屋から出て行ってしまった。
「観察・・・ふふ」
また、鏡に写った私の顔は、また赤くなってしまった。
「最近、和輝たちを見ないのだ」
電脳部は3年が引退したため、現在は1年と2年だけだ。
しかし、その2年も最近見ていない。
「なに言ってるの?今週いっぱい2年生は修学旅行だよ」
近くで作業をしている雪峰が答えてくれた。
最近は、みんな私と対等に話をしてくれる。前なら対等に話されるなんて嫌だったが、今は違う。こっちの方が楽しい。
「そうそう、先週、お土産なににしてもらうかみんなで話したじゃない」
雪峰の隣に座る、飯塚も話しに乗ってくる。
「修学旅行。あ!!」
そうだった、今週は2年生は修学旅行で北海道に行っているんだった。
なんで、そんな大事なこと忘れていたんだろう。
「むぅ」
「どうしたの?」
「明日は電脳部は休みにするのだ」
私のいきなりの決断で、明日は電脳部は休みになった。
これで、放課後は時間が空くな。よし。まずは。
「あの、メイさん?」
私は他の部員など気にせず、携帯電話で明日の計画を行うための準備を行っていた。
「和輝くん。このとうもろこし美味しい〜」
「こっちのジャガイモも美味いぞ」
聞き覚えの無い声と聞き覚えのある声が、ならんで歩いている。
腕を組んでいるように見えるのは私の目の錯覚だろうか。
「んじゃ、交換ね」
女の方が、持っていたとうもろこしを渡し、代わりに男がもっていたジャガイモを受け取る。
「ん。確かにうまいな」
「ほほぅ。なにがうまいのだ」
私に気付かずに行ってしまいそうだったので、声を掛けてしまった。
何故だか、私の声がとがっているような気がする。何故だ?
「え?」
男がこちらに振り向く。言わずと知れた和輝だ。
奥の女もこちらを見るが、やはり知らない顔だな。
「いいご身分だな。副部長殿」
完全に和輝の動きは止まっている。ひょっとしたら心臓も止まっているのではないだろうか。
「メ、メイちゃん?」
あぁ、生きていたか。
「メイちゃんって、あぁ、伊集院さん」
奥の女がそう言う。
誰なのだこいつは。いまだに腕を組んだままだ。早く離せ。
「ど、どうしてここに?ここは札幌だよね?」
「自家用機を使えば、札幌なんて、下校途中の寄り道に過ぎないのだ」
実際に、ひびきの高校から1時間もあれば十分これる。
ホームルーム後に屋上からヘリに乗って、伊集院家の空港で自家用ジェットに乗り換え。
そのあと北海道の千歳空港でまたヘリに乗り換えてきたのだ。
「伊集院さん、どうしてここにいるの?」
「え?あぁ、それは・・・」
さすがに観察日記をつけているからとは言えない。
ここ数日つけていなかったから、今日はゆっくり観察していたかったのだが。
「特に用事がないなら、一緒に行きましょう。今日は一日自由行動なんだし」
女が、和輝から腕を離し私に手を差し出す。
「私は陽ノ下光。光でいいよ。私もメイちゃんって呼んでいいかな?」
しぶしぶ握手をする。
こんな予定ではなかったのに。この光とかいう女がいたのは計算外だ。
いったいどんな関係なのだ。
「すきにするのだ」
「な、なんで俺を睨むのかなぁ」
今日の観察日記は見るたびに、思い出しそうだ。つけるのやめようかな。
仕方ないから、今日はヤツのほかの友達付き合いなども一緒に観察しよう。
ぐぐぐ。なんなのだ。
あれから2時間一緒にいるだけで、声を掛けてくる女性が5人だと。
「ねぇ、和輝君。私もあまり知らなかったけど、結構もてるんだねぇ」
「貴様には絶望したのだ」
今は、この光という女の感情に同意できそうだ。
「メイちゃん。2人で晩ご飯にいこっか。和輝君は他にも誘ってくれる人、いるみたいだし」
「賛成なのだ。札幌にはメイの大好きなお店があるからそこに行くのだ」
「あ、ちょ、ちょっと」
私も光も完全に無視だ。さすがに今日は、もう和輝の顔を見たくない。
いつものように咲之進を呼び出し、私と光がリムジンに乗る。
「いつもの店に行くのだ」
「かしこまりました」
札幌の狸小路という商店街に1人取り残された和輝。ざまないのだ。
「ねぇねぇ、どんなお店?」
「北海道といえばカニなのだ。今から行く店はカニが美味しいのだ」
「へぇ、楽しみだな」
最初はあまりいい感じではなかったが、光はあまり嫌いではない。
むしろ、たまにこうやって話をするのもいいかもしれない。
「んで、メイちゃんは和輝君のことどう思ってるの?」
「へ?」
急に変な質問をされた。
どう?ただの部長と副部長でしかないはずだが。
「別に。有能な副部長なのだ」
「ホント?」
それ以外どう答えろと言うのだ。
そりゃ、他のヤツらと比べれば頼りになるし、一緒にいて楽しいが。
「そっか。ならいいんだけど」
「どうしてそう言うことを聞くのだ?」
「ん。ほら、和輝君って、誰にでも優しいとこあるからさ、いろんなところでライバル出来ちゃうから」
ライバル?ヤツが優しくすると幼馴染みにはライバルが出来るのか?
ふむ。私には幼馴染みはいないが、奥が深いものだ。
「けど、メイちゃんもライバルになるのかな。やっぱり」
光が外の方を向いてポツリとつぶやく。
どういうことだろう。ひょっとしてヤツを引き抜きたいのだろうか。
「和輝は渡さないのだ」
「え?ど、どうしたの急に?」
「ヤツは、メイの次に頭がいいし運動もできるが、電脳部なのだ。渡さないのだ」
確か、光は陸上部だと言っていた。
ヤツはなかなか足が速いから、きっと活躍できるはずだが。
「あははは。別に和輝君を陸上に誘おうなって思ってないよ」
「そうなのか?」
「うん。だからその点は安心して」
では、どの点を考えればよいのだろう。さっぱりわからない。
「メイ様。到着いたしました」
考えをめぐらせているうちに、目的の店についたようだ。
ふむ、この件は後でゆっくり考えることにしよう。
「美味しかった。ごちそうさま、メイちゃん。けど、いいの?支払い」
「気にしなくていいのだ。それに一介の高校生には多分、払うのは難しいのだ」
「そ、そう」
カニは美味かった。やはり、北海道にきたらあの店に行かないとだめだな。
「じゃあ、ここの払いは持つよ。お団子なら高くもないし」
今は、デザートにお団子を食べに来ていた。
ここもよく来る店だが、庶民の店だから値段も普通だ。
「でも、さっきのカニ美味しかったなぁ。琴子に言ったら殺されそうだけど」
1人でくすくすと笑っている。
やはり、こういう女が世間一般的には可愛いのだろうか。
和輝の代わりにこいつを観察するのも勉強になるかも知れない。
「おじさ〜ん。お団子二つね〜」
店の中に甲高い声が響き渡る。
誰だ、場違いな声を出しているバカは。
光も同じように思ったのか、私と一緒にそちらを見る。
「あら、やっぱり寿さんだったの。ってことは、奥にいるのは」
「貴様!!」
寿と呼ばれた女の奥には見知った顔がある。
「メイちゃん。光・・・」
頭が痛くなってきた。
もう、わけがわからない。
「和輝君。説明。お願いできるわよね」
光は微笑んでいる。
「は、はひぃ」
なるほど、あぁやって微笑むことで恐怖感を与えることも出来るのか。
やはり光を観察した方がいい勉強になるのかもしれない。
ヤツは私たちが、あの場所へ置き去りにした後、どうやらさっきの女と一緒だったらしい。
ちなみにさっきの女は、別な友達が迎えに来て先に帰った。
「いいじゃないか。お前らが俺を置いていったん出し、誰と一緒にいようと」
和輝は完全に開き直っている。
ふぅ。副部長など任せなければよかっただろうか。
「全然、反省してないわけだ」
「何をだよ」
「せっかくメイちゃんが君のために来てくれたのに、これじゃあ、メイちゃんが可哀想じゃない」
え?メイは別に和輝のために来たわけではないのだが。
それに可哀想とは?
「私だって、本当は一緒にいたかったのに」
多分、このつぶやきは隣にいた私にしか聞こえてないだろう。
そうか、光は和輝のことが好きなのだな。
「ふむ。では、メイは帰るのだ。メイは明日も学校だしな」
携帯で咲之進を呼ぶ。
「もう帰るの?」
「メイは修学旅行で来たわけではないのだ。それに、和輝と一緒にいたい人が一緒にいる方がよいのだ」
「あ、メイちゃん、ちが」
「メイ様。お車の用意ができました」
光の言葉が終わる前に、咲之進が私の隣に現れる。
「ん。では、来週、学校で」
そう言って私は店の外にでる。
もちろん、自分の分と光の分の代金は払っておいた。
リムジンに乗り込む。今日はもう寝てしまいたい気分だ。