最近、伊集院が変だ。
 何を言っても生返事だし、部活も適当に済ませて帰る。
 今日も、伊集院は帰ってしまった。
「おい、和輝。今回のかなり面白いな」
 今日は電脳部の部室にほむらが来ている。
 俺たちが作ったシミュレーションRPGの体験版をプレーしてもらっているのだ。
 本当ならβ版をやってもらいたかったが、伊集院からの指摘があまりにも多かったからやめた。
 代わりに、一部指摘を受けて直した点を踏まえた、短い体験版を作ったのだ。
「なに!?伏兵?あ、そういやそんな会話があった気がする」
 ほむらはかなりご機嫌にプレイしてる。
 それもそのはず、伊集院にもらったメモを参考に修正したら、別のゲームじゃないかと見間違うぐらいの出来になった。
 まだ一部しか直してなくてこれなら、全部直せば一体俺たちが苦労してゲームデザインしたのはなんだったのかと思うくらい別ものになるはず。
「ん。やっぱアイツすげぇな」
 俺は無意識のうちにつぶやいていた。
 伊集院はゲームを作成する上でもっとも大事なデザイナーの能力がずば抜けて高かった。
 映画やドラマでも、まず演出ありき。その上に音楽や役者の芝居が乗る。
 ゲームでもそれは同じだ。
 どんなに音楽やグラフィックがよくても、演出が最悪ならそれでおしまいだ。
「あ、体験版はここまでか」
「完成版はやりたいやつには夏休み前に無料で配布するからそれでやってくれ」
「モチ。楽しみにしてるぜ」
 ほむらが部室から出て行く。
「和輝。ほむらにあそこまで言わせるゲームが出来たな」
「あぁ、けど、伊集院の指摘がなければ今までと同じだったろうな」
「そうだな。見違えたもんな」
 最近では誰も伊集院のことを悪くは言わなくなった。
 最初はわめき散らして、命令していただけだったが、それは才能あるものが一度ははまる沼だったのかもしれない。
 実は俺も昔はそうだったし。
「さぁ、それじゃあ今日は解散するか」
 伊集院が先に帰ってしまうため、解散の合図は副部長の先輩が執り行うのが最近のお決まりだ。
 俺もカバンを手にとり廊下にでる。
 靴を履き替え、外に出ると、目の前に一人の男性が現れる。
「牧様。お時間はおありでしょうか」
 たしか、伊集院のボディーガード(?)の咲之進さんだ。
「あぁ、いいけど・・・伊集院のことか?」
「はい」


 俺は咲之進さんに連れられ黒いリムジンに乗った。
 てっきり伊集院も乗っているのかとも思ったが、誰も乗っていない。
「何処に行くんだ?」
「着けばわかります」
 咲之進さんの運転でリムジンが動き出す。
 窓は中からも外が見えないようになっているためどこを走っているのかわからない。
 う〜む、不安だ。
 20分ほど走っただろうか。リムジンが止まる。
「お降り下さい」
 リムジンから降りると、そこには見覚えの無い学校があった。
 門のところに、私立きらめき高校という札がある。
「きら高?ここ、となりのきらめき市か」
「遠いところをすまないね」
 後ろから声がする。
 振り向くとそこには、白い学生服に身を包んだ、ものすごい美形の男性が立っている。
「こんな場所に呼び出してすまないね。妹のことで君と話をしてみたくてね」
「あぁ、あんたひょっとして、伊集院の?」
 俺がそう言うと、男は軽く微笑む。
「頭のキレる男性は好きだよ。そう、私はメイの姉。伊集院レイだ」
「俺は牧・・・え?姉?」
 確かに、顔立ちはスラリと細いし、最初は暗くてわからなかったが胸も確かにある。
 男性ものの制服を着ているから全然わからなかった。
「すまん」
「なに、気にするな。普段は男で通しているのだからな」
 扇子を広げ、その口を覆い隠す。
「時に、和輝くん。メイなんだがね、最近態度が少しおかしいのだよ」
 まさか。伊集院が俺のせいでおかしくなったから俺を粛清とか!?
 いやいや、まさか。けど、そこまで過激ではないにしても、やはり俺を更生施設送りとかか。
 って、どっちも同じか。
「まぁ、原因はわかっているのだが。力になってあげてはくれないか?」
「は?」
 力になってくれ?え、俺は?体罰は?どういうこと?
「恥ずかしながら、私も少し前までは、自分が一番だ。自分がいればあとはどうでもいいと考えていたクチでね」
 レイさんが少し恥ずかしそうに微笑む。
 やばい、見惚れる。夕日に染まったレイさんは完璧すぎる。
「それをある男が気付かせてくれたのだよ。メイも今、同じことで悩んでいる」
「なら、レイさんが直接」
「ダメなのだよ。結局は私も伊集院だ。私の言葉では意味はないのだよ」
 レイさんが今の伊集院と同じだったといわれても想像がつかない。
 それに伊集院ならダメって?よくわからないな。
「だから和輝くん。お願いするよ。多分、あの子が気付くには君の言葉が一番だから」
 そう言って、レイさんは俺の頬に軽く口付けをする。
「おっと、君を見ているとアイツを思い出してダメだな。すまない」
 レイさんが、指を鳴らすと、リムジンのドアが開かれる。
「お願いだよ。君ならきっと。あ、そうそう、メイには私が女性だと言うことは内緒にしておいてくれよ」
 俺がリムジンに乗ると、ドアは自動的にしまり、ひびきの市に向かって発車した。


 今日は夏休みの、文科系合同合宿。
 と言っても、まともに参加してるのは我が電脳部くらいなもので、他の部は、数人ずつ。まぁ、それでも全部で30人は超えているが。
 ひびきの市から車で1時間ほどの山にある合宿所に、5泊6日。
 文科系だけで1週間なにをしろと?
 おかげで去年はほとんど何もすることなく終わったんだったよな。
「先輩。どうですか?」
 電脳部の雪峰が晩御飯のカレーを小皿に入れ持ってくる。
 いい匂いだ。味は。ん、これは・・・すさまじく美味い。
「うん。美味しいな」
「やったぁ。ぇへへ、待っていてくださいね」
「あ、そうだ」
「はい?」
 厨房に帰ろうとする雪峰を引き止める。
「伊集院は?」
「メイさんですか?さぁ、さっき外で見たけど。それからは」
「そっか。ありがと」
 レイさんに頼まれたのはいいが、なんの進展もないままこの合宿に突入してしまった。
 あれから話をする機会は幾度もあったが、何を話せばいいのか。
「ちょっと、外出てくるな」
 外はもう完全に暗い。
 夏だけあって寒くは無いが、周りが森だから少々不気味だ。
 森の奥は完全に月の光すら届いていない。
「まさか、な・・・もう、帰ってきてるよな」
 頭の中に浮かぶ嫌な想像をかき消す。
「牧さま!」
 突如、背後から声がかけられる。
 こんな状況だ。俺の心臓は早鐘を打っている。
「牧さま、呆けている場合ではございませんぞ」
 背後を振り返ると、そこにはこんな場所でもがっちりとタキシードを着込んだ咲之進さんが目に涙を浮かべ立っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「メイ様が。メイ様がどこにもおられないのです!」
「な!?どういうことですか?咲之進さん、いつもそばにいたじゃないですか」
 さすがに俺も動揺を隠せない。
 仮に何かあっても、伊集院には咲之進さんがいるからと思ってたのに。
「わたくし、電脳部のお嬢様がたに料理を教えておりました」
 なるほど、どうりであのカレーがお店に出せるほどの味だと思った。
「申し訳ありませんが、探すのを手伝っていただけませんか?」
「もちろんだ。どうすればいい?」
「では、牧さまは森の方をお願いします。とくに川の辺りを重点的に。私は逆側の湖の方を探しますので」
「川の辺り?まぁ、いいや。じゃあ、後でこの玄関で」
 俺が駆け出そうとすると、咲之進さんに止められる。
「そうそう、メイ様をお名前で呼ぶ場合は、呼び捨てはいけませんよ。呼び捨てで呼んで良いのはメイ様のお父上とお母上、それにレイ様だけですので」
「???・・・あ、あぁ。わかった」
 今度こそ、道なりに森のほうに駆け出す。
 ハイキングコースだから、道にそって走れば20分ほどでまた合宿所に戻ってこれる。
 10分ほどたった頃、近くを流れる川に何かが投げ込まれる音がする。
 川?あぁ、そういや咲之進さんが何か言ってたな。
 道から外れ、川のほうに歩いてみる。
「あ」
 伊集院だ。よくわからんが、川の中に両足を突っ込んで、石を投げている。
 何をしているんだ?
「ん?・・・あぁ、貴様か」
 伊集院に気付かれた。
「何しているんだ」
「こうやって水を感じながら星を見ているのだ」
 空は綺麗だった。
 人工の光の無い山奥の空。空気も澄んでいるため、数多くの星が見える。
 こうしてみると、ひびきのとここじゃ星の見え方が違う。

 都会というほど大きくないとはいえ、やはり人が多く住むところは仕方ないことなのかな。
「隣いいか」
「かまわないのだ」
 靴を脱ぎ、俺も伊集院と同じように川の中に足を入れる。
 走ってきて火照った足に心地よい冷たさが伝わる。
「貴様こそ何しに来たのだ」
 探しに来たんだが、それを正直に言っていいものか。
 咲之進さんの首にもかかわりそうだし。
「伊集院と話をしに、かな」
「話すことなんて無いのだ」
 そっけない返事が返ってくる。
「あと、その伊集院はやめてほしいのだ」
「ん?あぁ、じゃあ」
『メイ様をお名前で呼ぶ場合は、呼び捨てはいけませんよ』
 先ほどの咲之進さんの言葉が頭の中をよぎる。
「メイさんでいい?」
「後輩にまで、ずいぶん他人行儀なのだな。貴様はそう言うヤツだとは思わなかったぞ」
 怒られた。いやいや、ここでくじけてなるものか。
「じゃあ、メイちゃん」
「む、子供のように馬鹿にされている気がするが、まぁいいだろう」
 メイちゃんが横を向いてしまった。
 拗ねちゃったかな?やっぱりこの呼び方が一番しっくりくるかも。
「そういや、メイちゃん最近なにか悩んでないか?俺でよければ相談に乗るぞ」
「メイは悩んでなんか無い。ただ、よくわからないのだ」
 それが悩んでいるのだと思うが。まぁ、言っても怒られるだけだし言わないでおこう。
「貴様こそ何故だ?前はあんなにメイのこと嫌ってたじゃないか」
 えぇ、とってもね。第1印象は最悪。その上、第2印象もかなり悪かったな。
 と、言ってもしょうがない。
「まぁね。けど、電脳部入って、メイちゃんのこと見ててわかったんだ。昔の俺に似てるって」
「似てる?」
「俺の成績しってる?」
 メイちゃんが首を横に振る。
「これでも、この1年半ずっと、学年首位を取ってるんだぜ」
「ほぅ。2年の天才とは貴様のことだったのか」
「中学の頃も成績よくてさ。むちゃくちゃ天狗になってて」
「メイは天狗になどなっていない!!」
 さすがに怒ったか。まぁ、そうだろうな。
 メイちゃんがすっくと立ち上がり俺を見下ろす。
「まぁまぁ、座って。メイちゃんは天狗にはなってないけど、その頃の俺と似てるんだ」
 もう一度座りなおし、川の中へ足を入れる。
「あの頃はさ、誰も聞いてないのに、クラスのみんな集めて勉強会したり、苦手克服のプリント作ってやらせたり」
「まぁ、上に立つ者としては当然の義務なのだ」
「けど、それってみんなに押し付けてるだけだったんだ」
 俺は水面を見る。月や星の光が反射して綺麗だ。
 だけど、この光景もあの日を思い出す。
『うざいよね』
『いくら教えてくれたってわかんないものはわかんないんだよ』
『所詮天才は自分のいいようにしか動かないんだって』
 クラスのみんながいっせいに笑い出した。
「夏に、期末試験の打ち上げで、川で花火をしていた時だったよ。わざと俺に聞こえるように言ったんだろうな。ショックだった」
「それは、出来ないもののひがみなのだ、気にする必要はないのだ」
 俺は首を横に振る。
「その時に思いったんだ。俺さ、何も考えずにみんなに押し付けてた」
 あの時の光景とメイちゃんの電脳部での光景が交差する。
「個別にちゃんと教えればわかったのかもしれないのに、こっちが勝手に教えることも全部勝手に決めて」
 メイちゃんの方を見る。彼女もさっきの俺と同じように水面にゆれる月を見ていた。
「得手不得手だってあるんだ。そこをちゃんと見て、教えてあげればよかったんだ」
「・・・なのか」
 かすかな声が聞こえる。
「え?」
「メイも同じなのか?押し付けていただけなのか?」
 声が震えている。いや、声だけじゃない肩も。
「うん。もっと、みんなのことよく見て、指導して指示を与えないといけないんじゃないかな」
 返事は聞こえてこない。その代わりに、かすかに嗚咽を漏らす。
 今は顔を見ないほうがいいな。
「それにさ、部活なんだし、協力していこうよ」
「・・・きょうりょく」
「そ、1学期に作ったあのゲームの完成版やってないだろ。メイちゃんの忠告したポイントを直したら、最高のものが出来たんだぞ」
 メイちゃんの方を向く。
 彼女もこっちを見ていた。かすかに頬が濡れている。
 ・・・・かわいい。
「けど、やっぱりすごいのだ。あれだけのものを短時間で作れるのだから。貴様は・・・」
 またうつむいてしまう。
「部長は貴様に戻すのだ。きっとその方がいいに決まってるのだ」
「部長はメイちゃんでいいよ。その代わり、引退した副部長の座を俺にくれ。そこでメイちゃんをサポートしてやるよ」
「え」
「今度はさ、与えるだけじゃなくて、与えてもらうのもいいんじゃないか?みんなそれぞれが役割があるんだし。なぁ!?」
 メイちゃんが急に抱きついてきた。
 肩の震えを見ていると、どうやら泣いているらしい。
 俺は彼女が愛しく思え、髪をゆっくりと、泣き止むまで撫ぜていた。
「すまないのだ」
 数分後、メイちゃんが言った。
「いいよ。部長をサポートするのは副部長の役目。それに・・・」
 最後の言葉はさすがに音には出せない。
 恥ずかしいから。
「よし、ならば行くぞ!合宿所で文化祭の出し物の案を考えるのだ!」
「あぁ。最高の文化祭にしような」
 立ち上がり合宿所への道を歩いていく。
 一瞬木の陰に誰かいたような気がするんだけど、気のせいかな?


「けど、時間かかる物を置いてもしょうがないだろ。1ゲーム、10分程度ならシューティングが1番だ」
「しかしシューティングでは、万人受けしないのだ。特にゲームをやらない人間はこないのだ」
 俺たちは晩飯を食いなが、企画書を書いていってる。
 まぁ、ほとんどがバツ印なのだが。
「どうしたんだあの2人?急に仲良くなって」
「さぁ」
 他の部員は、俺たちのことを遠巻きに見てはいるが、ま、それも時間の問題だろう。
 きっとこの合宿で、電脳部は一つになれるはずだ。

 
 

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