週刊ウィンリィちゃん 第10号:血


 街の大通りを、軍服を来た男たちが、走り抜けていく。
「あら、事件かしら。いやだわぁ」
 大通りで露天商を開いていた婦人が、男たちが向かったほうを見る。
 大通りの終点。
 そこにあるのは巨大な屋敷。
「あそこには何があるの?」
「ん?あんた旅行者かい?・・・あそこはね領主さまの屋敷さ」
 婦人は、自分の露天の前に立っていた女性の質問に答える。
 女性は全身黒のドレスを身にまとった、黒髪黒眼の女性。
 ここいらでは見ない服装だが、旅行者にも見えない。
「そう・・・領主さま・・・ね」
 女性はその屋敷を背に歩き出す。
 途中で何度も軍人たちとすれ違った。

「・・・今回も無駄骨だったな」
「そうでもないわ。人柱になりうる存在・・・それの真偽を確かめられただけでも十分よ」
 町外れにある廃墟。
 元々は教会であったと思われる建物。
 そこに、一人の少年と一人の女性が立っている。
「ボクはそんなに気が長くないんだ」
「ふふ。そうだったわね」
 こんな薄汚れた場所だというのに、女性のドレスには塵一つついていない。
「で、どうすんだ?」
「私は調べたいことがあるからもう少しこの街にいるわ。2年前まで国家錬金術師だった男を」
「どうせそいつもハズレだろ・・・ふぅ、ラスト。ボクは行くよ」
 そう言うと少年はその体を闇の中へと消していく。
「鮮血の錬金術師。人体に関する練成を行った、唯一の国家錬金術師」
 女性の方もまた、その声だけを残してその場から消える。
 女性はラストと呼ばれている。
 姓も名もない。ただ・・・ラストとだけ。

「はいはい。今あけます」
 クリフ・シュベールはこれといって取り柄のない男だ。
 27歳独身。ひょろっとした体格で、腕や足に力があるようには見えない。
 服装にも特にこだわらないのか、ひびのはいったメガネによれよれのシャツとズボンという姿。
 ただ、右手に皮の手袋をはめており、それだけは異質に見える。
 国家錬金術師の資格も2年前に取り上げられてしまい、現在は学生時代に学んだ医学で小さな診療所を開いている。
 街には他にも医者はいる。
 大抵の人はそっちに行ってしまうために、彼の元をたずねてくる人は月に一度あるかどうかだ。
 今日は珍しく、誰かがそのめったにならない呼び鈴を鳴らしている。
「はい。どちらさま」
 クリフがドアを開けると、そこには女性が立っていた。
 腰まで届くような艶やかな黒髪。
 そして、体のラインがはっきりとわかる漆黒のドレス。
「はじめまして。私、ミラルダと申します」
「あ、は、はじめまして。クリフ・シュベールです」
 差し出された手を握る。
 久しぶりの人の暖かい感触をクリフは味わった。
「それで、今日はどんな用で?」
「実は、私の兄が軍に所属していたのですが、あなたの噂で気になることをお聞きしまして」
「軍に?・・・そういう話でしたら立ち話もなんなんで、こちらへどうぞ」
 クリフがミランダを中へと案内する。
 家の中は整頓されていて、清潔な感じがただっている。
 彼女が案内され、座ったソファーも綺麗なものだった。
「・・・で、どんな話ですか?」
「あなたが、人体に関する練成を行っていたと」
 クリフが目を伏せる。
 特に動揺したようなそぶりは見えないが、あまり思い出したくない話のようだ。
「そうですか・・・その話は」
 何かを切り出そうとしたところ、呼び鈴が来客を知らせる。
「今日はずいぶん来客のある日だ。ちょっと、待っていてください」
 クリフが立ち上がり、玄関へと歩いて行く。
 ミランダが案内されていた部屋の窓から、ちょうど玄関前の様子が見れた。
 そこには軍服の男が二人。
 あきらかに軍人だった。
 クリフが外へ出て、軍人たちと言葉を交わす。
 数分話ていたが、特に変わった様子もなく軍人たちは街の方へと戻っていった。
「・・・・・待たせてすみません」
 クリフが部屋に戻ってくる。
「なにかあったのですか?軍人のようでしたけど」
「あぁ。窓から見られてましたか。いえ、今日の早朝に、この街の領主が殺されましてね」
 朝、大通りで軍人が駆け回っていたのはそのためのようだ。
「錬金術師ってこともあって、借り出されてたんですよ。で、今はその調べたことの報告です」
「そうでしたか」
「死因は額を、何か鋭いものを刺されて・・・まぁ、脳を貫かれてるんで。即死です」
「鋭いもの?」
「えぇ。細くて長い・・・そう、レイピアのようなものですね」
 クリフが説明を続ける。
 レイピアとは刀幅の狭い両刀の剣だ。
 刀身は長く軽いため、女性軍人が携帯していることが多い。
「おっと。こんな話つまらないですよね」
「いえ。そんなことはないですわ。犯人はまだ?」
「えぇ。凶器もレイピアのようなものとまでは特定できたんですけど。物は見つかってませんし」
 仮に凶器が発見されたとしても、そこから犯人を特定できるとはかぎらない。
 特徴のある凶器ならまだしも、一般に使用されているものであればなおさらだ。
 もっとも、あれこれ考えるのは実際に凶器が発見されれば・・・の話だが。
「そういえば、私の研究が気になるとか?」
 クリフがうつむいてそう、切り出す。
「えぇ。人体に関わる練成とはどのようなものなのかと」
「外には漏れないようになってたはずなんですけどね。私が研究していたのは・・・血液です」
 ナイフで自らの左手の平を傷つける。
 そこから真っ赤な血がにじみ出て、テーブルの上に1滴、また1滴と落ちていく。
「血液?」
「えぇ・・・」
 クリフが右手にはめた手袋を脱ぐ。
 その手のひらには円の中に三角形を描いた文様が見て取れる。
「練成陣・・・」
 錬金術を行う上で必要とされる物。
 自らの手のひらに練成陣の傷をつけ、傷がふさがらないようにそこを焼いたのだ。
 彼が自らの手のひらと手のひらを合わせると、その隙間から光があふれだす。
 そして、その手をどけると、先ほどつけた傷が完全にふさがっていた。
「これが血液の練成の初歩。血液内の傷を塞ぐものを増殖させて傷を塞いでしまう」
「すごい・・・これなら医療に使えますね」
 実際にこれと同じような錬金術を行う人間はいる。
 中にはそれでお金を取っている人間もいるくらいだ。
「この程度ならそうですけど。これで国家錬金術師の資格はとれませんよ」
 立ち上がり、部屋の隅に置いてあったかごからハツカネズミを1匹取り出してくる。
「これが資格をとったときに見せた練成です」
 ハツカネズミを持っている右手が光りだす。
 瞬間、ハツカネズミの体は四散する。力をいれて握りつぶしたようには見えない。
 残ったのは床に落ちたハツカネズミだったもの。
「・・・血液を急激に沸騰させました」
 ミランダの目がその手に釘付けになる。
 クリフはうつむいたまま、ミランダの方を見向きもしない。
 ただ、自分の手のひらに広がる、ネズミの体液を凝視していた。
「もちろん、接触が最低条件ですが。これは相手が人間でも同じことができます」
「す、すごい・・・」
「普段はこんなこと見せないんですけどね・・・気を悪くさせたらすみません」
「いいえ。そんなことはないですわ。もっと、あなたに興味が湧きました」
 ミランダも立ち上がり、クリフの側へと歩み寄る。
「しばらく、ここに置いてくださらない?」
 体を彼に預ける。
 クリフの体に触れるしなやかな体。
 長いこと人、特に女性に免疫のないクリフには刺激的だったようだ。
 すでに、彼の思考は停止している。
「ぼ、僕の家でよければ・・・も、もちろんです」
「うふふ。ありがと」

 クリフの研究はすさまじいものだった。
 なぜ、これだけの研究成果をあげていながら、国家錬金術師の資格を剥奪されたのか疑うほどだ。
 血液の沸騰と凝固。
 血液の流れを変化させるとこで体温を自在に操ることができ、血液中のある成分を増殖させることで、体内の血液を止めてしまうこともできる。
「・・・これだけの研究をしていて・・・どうして人体練成をしていないのかしら」
 ミランダが誰にともなくつぶやく。
 ここは、彼女が与えられた部屋。
 そこにクリフの研究レポートなどを運んできて読んでいた。
「でも、彼なら私を・・・・・・あら?」
 その中で奇妙なものを見つけ出す。
 軍情報部のレポートのようだ。
 そこにはこう、書かれている。
『クリフ・シュベール中尉。24歳。男。
 先日の××事件により、危険度をAにまで引き上げる。
 自らの体内で血液毒を作成することが可能。
 同時に毒の耐性をもつようになるようだ。
 彼のレポートから毒は彼が一度自ら体内に取り込む必要があるとのこと。
 しかし、彼の存在は我らの生命を脅かす危険性がある。
 普段の彼であればよいが、裏の面が出たばあいに制御するのは困難である
 ・・・・・』
「裏の面?・・・たまに、深夜に外に出ることと関係があるのかしら?」
 レポートの所々には文字を塗りつぶした跡がある。
 クリフがやったものか、それとも情報部か。
 どちらにせよ、彼が国家錬金術師の資格を剥奪された理由がこれのようだ。
「でも、体内で毒を作る・・・確かにすごいけど、毒を体内にいれるなんて危険だわ」
 普通に考えれば耐性ができるまでにも時間はかかる。
 それこそ1歩間違えば死ぬことになるはずだ。
「どうしてそんなことを」
 彼女は無意識のうちにその危険性から、彼の身を案じていた。
 だが、彼女はそれに気づかない。
 長い時間の彼女の生活が普通の感性と呼ばれるものを奪ってしまっているためだ。
「ミランダさん。食事にしませんか?」
 ドアの向こうからクリフの声が聞こえる。
「えぇ」
 出会った日から1ヶ月。こうして毎日3食を共にする。
 床を共にして何度も肌を重ねあった。
 最近では、クリフの身支度の世話までしている。
「どうでした。今日はなにか発見がありました?」
「いいえ。ここ数日これといって」
「そうですか。まぁ、まだ資料はいっぱいありますから。それに僕の顔で入れる図書館もありますし」
 突然、玄関のドアが開く。
「クリフ・シュベール・・・軍本部まで同行していただこう」
 ドアから入ってきたのは、完全武装の軍人が5人。
 その中央にいた男が、そうクリフに伝える。
「僕を?なぜですか?」
「なぜだと?この2週間でこの街の人間が24人死んだ」
 クリフがうつむく。
「全て貴様がやったことだろ」
「私が?私がやったという証拠でも?」
 ミランダの耳にそんな言葉が入ってくる。
 普段は弱気な彼のそんな強気な言葉が。
「全員の体内から、エトギアって毒が検出された。エトギアは同名の植物の根に含まれる毒なのは知っているな」
「・・・ほぅ」
「エトギアはそこいらに普通に生えてる草だが、その根なんて犬でも食わない代物だ」
 クリフが右手の手袋を脱ぎ捨てる。
 同時に、中央の男に向かって走り出す。
 この時点で来るなんて思っていなかった軍人たちは一瞬構えるのが遅れる。
「な、何をする」
「実験をしてただけだ。血液以外の体液でも毒を作り出すという実験を」
 クリフは男の首筋に手を当てる。
「人質だ。キミたちがどうすればいいか・・・わかるよね」
 男の側にいた軍人たちが玄関の外に出て行く。
「クリフ?」
「・・・今から私が実験で得た究極の力をお見せしますよ」
 完全に普段のクリフとは言動が違っている。
 これがアレに書いてあった裏の面というやつらしい。
 外に出た軍人たちが喉を抑えて倒れこむ。
「さようなら」
 クリフがそう言うと、軍人たちが一人残らず動かなくなってしまった。
「バカな!?」
「これが私の研究の成果というやつですよ」
 ミランダがクリフの方に腕を向ける。
 瞬間、その指が鋭い刃となりクリフが捕らえていた男ともども左胸を貫いた。
「・・・・・・くくく。いたいなぁ」
 完全に心臓が貫かれ、絶命していてもおかしくはないはずだ。
「なるほど。この傷跡・・・ミランダでしたか、領主を殺したのは」
「あなたは危険だわ。私たちにとってもね」
 先ほど絶命した軍人たち。
 あれは間違いなくクリフの毒による攻撃だ。
「空気感染する毒。そんなものを作り出すなんて」
「さすが。よくそこまで。そう、空気感染。正確には私のこの息に毒を含ませることができるんですよ」
 先ほど軍人に近づいた時に仕掛けたのだろう。
 彼が捕まえてる男が死んでいなかったのは、その能力をほぼ完全に操れるためのようだ。
「さすがはホムンクルスといったところだ」
 ミランダの顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「なぜ・・・」
「簡単なこと。私は何度もあなたを殺すために毒を使っている。でも、死ななかった。変わった様子もない。ならば、人外の者でしょう?」
 ミランダは答えることができない。
 毒を使われた形跡などないのだからな。
 いや、先ほどのように息に毒を混ぜることができるなら、彼女にはわからぬように毒を撒いていたのかもしれない。
「で、本当の名前はなんと?まさか、ミランダが本名ではないですよね?」
「ラスト・・・」
 一言だけ、そうつぶやく。
 ミランダ。いや、ラストはクリフを見つめる。
「ふふ、いい名前だ。そう・・・ラストか。ラス・・・・・・がほ・・・」
 クリフの言葉は口の中にこみ上げる血液により止められる。
 ラストの手からは9本の刃と化した指が伸び、それがすべてクリフの体を貫いている。
「大方、あなたのことだから、痛覚を麻痺させる毒でも自分に与えたんでしょう?」
 痛覚を麻痺させてしまえば心臓を貫かれようと、即死することはない。
 その上で、血液を操って傷を塞げばいいだけのことだ。
「・・・わかりましたか、私はしな・・・」
 死なないという言葉は最後まで言うことができなかった。
 残った一本が彼の眉間を貫いたのだ。
 さすがに、脳が傷ついて生きている人間はいないのだろう。
「さようなら」
 ラストはそれだけを言うと、その場から消える。
 クリフに惹かれていた彼女がいた。
 もしも、彼女が自分の心に正直に生きれる人間なら、彼は死ななかったのかもしれない。
 だが、彼女はホムンクルスだ。
 ウロボロスという蛇にその身を縛られた哀れな少女。
「・・・彼もまた、私を人間には・・・」



ラスト    「・・・・・おつかれさま」
ウィンリィ  「あ、いきなり帰っちゃった。でも、なかなか感想が難しい作品ね」
エドワード  「・・・にしても、こいつ・・・生きてたらとんでもないことになってたな」
ウィンリィ  「うんうん。吐く息に毒が含まれてるんでしょ?」
エドワード  「ここにいる面子で生き残れるのは・・・ホムンクルスを除けばアルだけだな」
アルフォンス 「!?・・・そんな世界いやだなぁ」
次回予告
 「兄さん・・・僕、元の体に戻れたよ」
 「よかったな・・・って!?なんで女の子の体なんだよ!!!」
 「・・・兄さん。僕、兄さんのこと・・・昔から」
 「聞けよ人の話!」
  次回『禁断の愛』
  次回もこのチャンネルに練成・・・お・ね・が・い

謎の美少女  「お・ね・が・い chu」
エドワード  「・・・お前・・・誰だ?」
謎の美少女  「なに言ってるの兄さん。ボクだよ。アルフォンス」
ウィンリィ  「えぇぇぇぇ!?」
アルフォンス 「んふふ・・・ねぇ、兄さん・・・ボク・・・かわいい?」
エドワード  「・・・・・」
ウィンリィ  「あ、エドが変な顔で固まった」
アルフォンス 「ほら、胸だって・・・ウィンリィより大きいんだよ」
エドワード  「ぬ!ぬぁぁあ!?何してんだ!!服を脱ぐな!!!」
ウィンリィ  「う、本当にでかい・・・」
エドワード  「だぁぁ!!お前なんてアルじゃねぇぇぇぇぇ」
 
 

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