ホムンクルス


 アメストリスの東のある町。
 人口数百人程度のあまり大きくはない町だ。
「いてぇな。このガキ・・・人にぶつかっておいて詫びも無しかい?」
 どんな町にも裏路地はある。
 そして、そこを縄張りとしている人種もどこの町も変わりはしない。
 この町も例外にもれず、多くのそういった人物がたむろしていた。
「あん!?何とか言えや!!」
 ボロキレのような布を巻いた巨柄な男の腕が、背の低い少年の喉元にのびる。
 しかし。その手が少年の喉を掴む直前にその視界から消える。
「あ。あぁぁ!?」
 男の腕は肘から切断され、地面に転がっていた。
 そして、まるで忘れていたものを思い出すかのように、切断面から鮮血が噴出す。
「ぐぅぁぁぁぁ」
 残った方の手で傷口を抑え、その場にひざを付き崩れ落ちる。
「がぁぁぁ!!ぐっ!?」
「うるせぇ」
 少年が男の頭を握りつぶす。まるで、果物かなにかのように。
 裏路地から全ての人間の気配が消える。本能的に恐怖を感じたのだろう。
 その裏路地を、血塗れたままの少年が奥へと入っていく。
 少年の名はエンヴィー。今の姿と同様に血塗られた名前を持つ少年。

「お、リム。今日はいい肉が入ってるぜ」
「ん〜、じゃあ。100gもらおうかな」
 肉屋の前でリムと呼ばれた女性が買い物をすませる。
 リムは年の頃は20代前半、その顔には優しさがにじみ出ている。
「じゃあ・・・今日の献立は・・・・あら?」
 リムが自宅までの道を歩いているときに、彼女の前に何かが飛び出す。
 その何かは人間。それもまだ少年のようだ。
「何見てんだ」
 血みどろの顔をリムに向ける。
「あらあら。あなた、なんて格好なの?家にいらっしゃい」
 そう言ってリムが少年の腕をとる。
 しかし、少年はその腕を弾き立ち上がる。
「うるせぇよ。どっかにいけ」
「そんな言葉遣いはだめよ」
 再度少年の腕を掴む、そして、無理矢理少年を引きずって歩き出す。
 少年は抵抗するが、今度はがっちりとつかまれ逃げ出すことが出来ないでいた。
 少年が驚愕の顔でリムを見るが、リムはそんなのに見向きもせずに引きずる。
「そういえば、あなた。お名前は?」
「・・・エンヴィー」

「どう?洗えた」
 リムが浴場のドアを開ける。そこには水に濡れたエンヴィーが立ってる。
「その服もわたしなさい。洗ってあげる」
 エンヴィーは濡れているがその姿は先ほどのまま。服も着たままだった。
「必要ねぇ」
「ダメよ。血は落ちにくいんだから・・・あら?」
 エンヴィーの服には血の跡がまったく残っていない。
 先ほどの血みどろ姿の時は服までも血でまみれていたはずだが。
「ホントね。じゃあ、ご飯が出来てるから乾かしたら出ておいで」
 リムが浴場から出て行く。
 残ったエンヴィーの体に一瞬だけスパークが起きる。
「これでいいか」
 彼の体はさっきの濡れた体からうってかわり、完全に体の水が抜けている。
 そして、浴場から出てリムのいる食卓へ行く。
「もう乾いたの?じゃあ、ちょっと待っててね。んっしょ」
 リムは台所の奥で箱をもち上げようと奮闘している。
 だが、一向に持ち上がりそうにはない。
「うぅぅぅ。あっ」
 エンヴィーが軽々と箱を担ぎあげる。
「どこ?」
「え、あっ、あぁ、そっちの棚の上にお願い」
 指示された場所に箱を置いて戻ってくる。
 そして、自分の腕とリムの腕を交互に見る。
「やっぱ、男の子ねぇ。じゃあ、ご飯にしましょ」
 リムがてきぱきと料理をテーブルの上に並べていく。
 それを見ながらエンヴィーが椅子に座る。
「なに?私の腕に何かついてる?」
 エンヴィーの視線に気づいてリムが微笑む。
「いや、なんでもねぇ」
 パンをバスケットから取り出し、それを食べ始める。

「それじゃあおやすみなさい」
 その日の食事後、外に出ていこうとする彼をリムが引きとめた。
 日が落ちて危ないから泊まって行けというのだ。
「あぁ」
 自分にあてがわれた部屋のベッドの上に横になる。
「普通の女だよな」
 エンヴィーがリムの言いなりになっているのには理由があった。
 なぜ力負けしたのか。
 それだけが彼には引っかかっている。
「わかんねぇ」
 ベッドから起き上がり、そのベッドを片手だけで持ち上げる。
 石造りのベッドだ、重さは相当のもののはずだが。
 その力をもってしてもリムに一度力負けしている。
「まぁ、それは明日だな」
 エンヴィーはベッドを下ろし、窓から外に出る。
 彼がこの町に来た理由。それはある組織の調査のためだった。

 この町の外れには一軒の洋館が建っていた。
 ただ、その館の壁や石塀は崩れ、それ以外の場所もボロボロだ。
「使われてるなここ」
 しかし、玄関から地下室までの通りだけはまったく埃を被っていない。
 人が出入りしている証拠だ。
「めんどくせぇな。中行かなきゃダメじゃん」
 エンヴィーが玄関のドアに手をかける瞬間、鋭い殺気を感じそこから飛びのく。
 一瞬前までエンヴィーの立っていた位置には、巨大な槍が突き刺さっている。
「・・・あん?」
 エンヴィーの頬からは一筋の紅い線。
 避けたはずだが、あまりの勢いの槍はかすかに彼の顔をかすめていたようだ。
「立ち去れ」
 槍の突き刺さっている場所に、黒い塊が落ちてくる。
 それは、黒い全身鎧に身を包んだ騎士。
「てめぇ、ぶっころす!!」
 エンヴィーは弾丸のように飛び跳ね、騎士の方へ向かう。
「愚かな」
 騎士は突き刺さった槍を抜き、中段に構え、右手一本で突き出す。
 目の前に迫る槍。
 エンヴィーはその槍の切っ先に腕を絡め、まるで蛇のように槍を回避し騎士に向かう。
「愚かはてめぇだろが!!」
 エンヴィーの拳が騎士の鎧に届く寸前、それは騎士の左手に阻まれる。
 手首を掴んだ左手に力がこめられ、エンヴィーの手首が砕ける。
「もう一度言う。立ち去れ」
「いっぺん死んでろや」
 残った方の拳が、騎士の兜に当たる。
 その衝撃で兜が飛び、中の人物の顔があらわになった。
「やるな」
 そこには、エンヴィーの見知った顔。
 先ほどまで一緒にいたリムの顔があった。
「あんたは、どうして」
 リムは顔色一つ変えずに、エンヴィーを上空に投げる。
 そして、その腹部目掛け槍を放つ。
「死ね」
 槍はエンヴィーの腹部を貫き、そこにに大きな穴を穿つ。
「がふ」
 エンヴィーは体制を立て直すことも、受身を取ることも出来ずに地面に叩きつけられる。
「でも、死ねないんでしょ?ホムンクルスだもんね」
 彼の顔を覗き込むリムの顔は、昼間と変わらない笑顔のままだ。
 だが、どこか不自然だ。
「ち。てめぇもホムンクルスかよ」
「正解。でも、ちょっと不完全でね、表情がこれしかないのよ」
 エンヴィーが調査にきたこの場所。
 ここでは、エンヴィーのようなモノを作る実験を行っている場所だった。
「でも、これのおかげでアンタは騙されたわけだ」
 リムがエンヴィーの頭を掴み持ち上げる。
「アンタの力で私に勝てないのは・・・昼間でわかってるでしょ?」
 エンヴィーがリムの腕に手をかけ力をこめるが、全くびくりともしない。
 あの昼間の時のように。
「アンタたちが来るのは予想してたからね、もちろん地下にアンタたちを殺すための用意もあるわよ」
 エンヴィーを掴んだまま、リムは地下に降りていく。
 そこには巨大な大釜。その中は、マグマのように煮えきっている。
「・・・てめぇの仲間は?」
「知りたい?」
 部屋の中には様々な実験器具や練成陣があるが、他に人もホムンクルスもいない。
 エンヴィーは天井のある一点を見つめる。
「死んだわ。みんなね。不完全だったからよ。でも、私は違った。表情意外は何も問題ないわよ」
「そうか・・・んじゃ、ここはもう何もねぇってことか」
 エンヴィーが手を動かすと、頭を掴んでいた腕が切断される。
「そ、そんな」
「あとな。お前ももう終わりだ」
 エンヴィーがそう言ったとたん、リムの目や口から真っ赤な液体が流れ出る。
「が。がふ。がぁぁ」
「ふん。ホムンクルスなんてもんは誰にでも作れるモノじゃねぇんだよ」
 黒い鎧の隙間から、大量の赤い液体が漏れだし、ついにはその顔も溶け出す。
 エンヴィーがもう一度天井を見上げる。
 そこに書かれた練成陣。数々の実験のせいか、紅い液体で一部かけてしまっている。
「無駄骨だったかよ。ったく」

「終わったの?」
 館から出てきたエンヴィーの前に一人の女性が姿をあらわす。
 エンヴィーの同士にして、同じホムンクルスのラストだ。
「てめぇ、いたんなら手伝え!」
「今来たところだもの。それに、次の場所を伝えにね」
 エンヴィーは、ラストの脇を抜け歩いていく。
「次はある場所で宗教の教主の姿をしてもらいたいの」
 エンヴィーの歩みが止まる。
「それはテメェの仕事だろ!!」
「ちょっと手違いでね。あの男の馬鹿振りがね」
「わぁったよ。機を見て入れ替わればいいんだろ」
 2人の体が闇の中に消える
 
 

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