リザ・ホークアイの一日


リザ・ホークアイの朝は早い。
ジリリリリリリリ
テーブルにおいてある目覚まし時計が、セットされた時間に鳴り出す。
しかし、その目覚し時計が起こさなくてはならない人物の姿はそこには無い。
時刻は、午前5時30分。
部屋の主はそれよりも早くに起床し、部屋からでていた。
ジリリリリリ・・・・
目覚し時計は、必要とされることなくその鐘の音を止める。

「はっ、はっ、はっ」
 公園を一定のリズムを刻み、走っている女性が一人。
 その前には、黒い小犬も同じ速度で走っている。
「はっ、はっ、はっ」
 額に汗が浮かんで入るが、その息は乱れることはなく常に一定のリズムを保っている。
 彼女の名は、リザ・ホークアイ。
 その前を走る犬はブラック・ハヤテ号だ。
「はっ、はっ、はっ」
 日課である早朝マラソンを淡々と進めていく、一人と一匹。
 ブラック・ハヤテ号も忠犬ぶりを発揮し、ノーリードでリザと共に走ってい
 パシュ
「ブラック・ハヤテ号。そちらではなくてこちらの道です」
 ブラック・ハヤテ号の目の前の路面には一発の弾痕。
 そしてリザの手には一丁の拳銃が白煙を上げている。
 これが彼女なりのしつけ、なのだろうか。

 自宅に戻り、彼女はまずシャワーで汗を流す。
 脱衣所で着ていたジャージと下着を脱ぐ、そして
 パシュ
「ついてこないで下さい」
 は、はひ。

 今日の朝食は、トーストにハムエッグ、サニーレタスとミルクだ。
 ブラック・ハヤテ号も、ドックフードを美味しそうに食べ始める。
「今日の予定は」
 朝食をとりながら、手帳で一日の予定を確認する。
 9時30分からの定例会議後は普段どおりのデスクワークのみだ。
 いたって問題のない予定の中で、一つだけ頭に引っかかる事柄がある。
「大佐。遅刻せずにくるのでしょうか」

 午前8時26分。
「おはようございます、中尉」
「あら、少尉。おはようございます」
 彼女が所属する部署の扉を開くと、すでに一人の男性が机についている。
 彼の名はジャン・ハボック。軍での階級は少尉。ちなみにリザは中尉なので彼女より階級は下だ。
「今朝はずいぶんと早いのですね」
「え?えぇ。まぁ、たまにゃぁこういう日もありますって」
 リザが自分の席につくと、扉が開き二人の男性が室内に入ってくる。
「おはようございます」
 ヴァドー・ファルマン准尉とケイン・フュリー曹長。
「あれ?少尉、またふられたんですか?」
「なっ!?准尉、それはどういう意味だ」
「だって、少尉って女の人にふられると、生まれ変わったとか言って、いつも朝早くくるじゃないですか」
 二人の下位士官にいいように言われている。
 実際、このチームは実際の軍業務中以外では階級にこだわるものは少ない。
 それがコミュニケーションの潤滑に一役買っているという話もでている。
「私情に仕事を挟まないように注意してくださいね。少尉」
 完全にハボックの負けだ、ファルマンとフュリーは、してやったりという顔になっている。
 午前9時。始業の時間を知らせる鐘が鳴る。
 勢いよくドアを開けて、大柄な男が室内に入ってくる。
「っとっと。ハイマンス・ブレダ。遅れましたもうしわけありません」
 そして、誰もいない席の前で敬礼をする。
 ハイマンス・ブレダ少尉。大柄な肉体と、よくまわる頭脳の持ち主。
「って、あれ。大佐は?」
「来てないわ。少尉。今日は遅刻に関してはいいので、席に戻って定例会議の資料を提出してちょうだい」
「はっ。了解いたしました」
 リザは既に提出された資料を見ながら頭を抱える。
 原因はもちろん。彼女の上司であるロイ・マスタング大佐のことだ。
「大佐、今日はちゃんと来ますかね?」
 資料を提出しに来たハボックが心配そうな顔で訪ねる。
「来てもらわなければ困ります」
 午前9時17分。扉が開き、一人の男性が中に入ってくる。
「ちぃ〜っす。あんたらの大佐を届けにきたぜ」
 男性は、もう一人別な男性を引きずっている。引きずられている男性はどうやら眠っているようだ。
「ヒューズ少佐。あの、これはいったい」
 入ってきた男の名はマース・ヒューズ。階級は少佐。軍の中央本部所属。
 国家錬金術師が多数を占める軍上層部の中で、数少ない一般軍人だ。
「俺、休暇でこいつのところ来たんだけどさ。今朝起きねぇからそのまま引っ張ってきてやったんだ」
 リザが後ろの男を見て、自分のこめかみの辺りを抑える。
 後ろで寝ている男性、ロイ・マスタング大佐の格好はひどい。
 軍服は着ているものの、髪は寝癖で跳ね上がり、顔には無精ひげが伸びている。
「っと。ここに置いておくから。んじゃな」
 ヒューズが部屋から出て行く。
「准尉はカミソリとシェービングクリームを持ってきて、曹長は蒸しタオルをお願い」
 言われ部屋を出る二人。
「ハボック少尉とブレダ少尉は、とりあえず軍服の乱れを直して」
 そう指示をし、自分は大佐の机の上から、定例会議用の資料を取り出し目を通す。
 そして、修正を入れ、同室の一般兵の一人に清書させる。
 カミソリで髭をそり、蒸しタオルで寝癖をとれば、まぁ、普段どおりの大佐に戻った。
「大佐。起きてください。会議のお時間です」
「ん。んむ」
 ロイがゆっくりと目を開く。
 これだけ色々とされていて、寝ているのもある意味凄いが。
 午前9時30分。会議室に軍中枢の人物たちが集る。
「おはよう、マスタング大佐。ふむ、いつもながら正しい身なりで結構」
「はっ。服装の乱れは心の乱れとも申しますから」
「なるほど。これからもその心がけを忘れんようにな」
 ロイとその上司にあたる将軍が言葉を交わす。
 隣で、リザの眉間にしわが寄ったのは言うまでもないだろう。

 午後1時13分
「現状はどうなっている?」
「アメストリスバンクに押し入った強盗は7人。うち、4人が錬金術師である確認がとれています」
 今、リザの机の前には大量の資料が積みあがっている。
 正午すぎに発生した、アメストリスバンク東部支店での強盗事件。
 錬金術師が関与していることもあり、その処理は軍にまわってきたのだ。
「そうか。では、付近に滞在中の国家錬金術師に応援を要請だ」
 ロイがコートを装着する。
「大佐も現場にいかれるのですか?」
「当たり前だ。こんな面白い、もとい、危ない事件を他人に任せられるか」
 リザが溜め息をつき、ロイについて部屋をでる。

 午後1時29分。アメストリスバンク前。
「この付近に滞在している国家錬金術師は8。うち、4人に連絡が取れ応援要請を出しました」
「わかった」
 ロイとリザは、銀行の入り口を睨んでいる男に近づく。
「大尉現状はどうなっている」
 男はこの東方支部に所属する大尉だ。
「大佐自らのお出ましですか。現在、強盗団は銀行内に閉じこもっております。幸いにも人質はいないようです」
「ふむ。しかし、相手が錬金術師では、ここから出るとは限らないのでは?」
 錬金術師であれば、壁に扉を練成しそこから出ることも可能だ。
 武器や防御壁なども作成することが出来るため、一般人ではうかつに近寄ることも出来ない。
「現在、周囲と地下全てを包囲してますが、練成反応は確認されていません」
 練成を行う時には、必ず光を発生させる。そのため、あまり隠密行動などには向かない。
「そうか。ならば、このまま様子を」
『誰が極小豆チビだ!!!』
 銀行の内部から、怒号と共にすさまじい光が溢れ出す。
 そして、時をおかずして大爆発。
「あ、言い忘れていましたが。先ほどの応援要請の中には彼が」
「なるほど。勝手に侵入し勝手に自爆か」
 大尉は好機とばかりに、軍隊を突入させる。
「どうなさいますか?」
「帰る。こうなってしまっては、私の出る幕もなかろう」

 午後3時11分
「どうぞ」
 リザはロイの机の側のサブデスクの上にコーヒーを置く。
 彼の机は書類で埋まっており、物が置ける状態ではない。
「今日は少なくとも、この書類の3分の2はやっていただきます」
 ロイが嫌な顔をする。
 仕事嫌いで有名な彼は、普段から仕事をためる。
 そして、こうして大量の書類をいっぺんに処理しなくてはならなくなるのだ。
「ふむ。そうだ、この前の軍備予算の件はどうなった?」
「その件でしたら、後は大佐の承認だけです。ここらへんに埋まってますので順番に見ていってください」
 そう言って書類の山の一部分を指差す。
 また嫌な顔をする。仕事を放棄しようとしてもすぐにリザに押さえつけられるからだ。
「私は自分の席に戻りますので。よろしくおねがいします」
 リザが席に戻る。

 午後6時53分
「終わったぞ」
 リザがコーヒーを再度煎れなおす
「ご苦労様です。普段から真面目にやっていただければこのようにはならないのですが」
 とっくに定時を過ぎた時刻だ。
 といっても、元々定時に帰宅する人間なんていないのだが。
「大佐。エドワード・エルリック君が面会を求めてますが」
 ファルマン准尉から声がかかる。
 エドワード・エルリックとは国家錬金術師で、鋼の銘を持つ少年だ。
 ちなみに、昼間の事件で、アメストリスバンクを爆破した張本人でもある。
「わかった。私の部屋に通しておけ」
 佐官クラス以上には、個人用の部屋が設けられている。
 ロイも普段はそちらにいるのだが、今日のように常にリザが目を光らせていなければなら場合は、彼女たちと同じ部屋で仕事をする。
「では。私はこれで帰らせていただきます」
「待ちたまえ。君も私の部屋に来るんだ」

午後7時3分
「待たせたかね」
「おせぇよ!ったく、これだから軍の施設に来るのは嫌なんだ」
 ソファーの上で少年が怒鳴る。
 彼がエドワード・エルリック。通称鋼の錬金術師だ。
「で、用件はなんだ?」
「今日の昼間のヤツラなんだけどよ。報告は聞いたか?」
「昼間?あぁ、あの銀行強盗か。全員捕まったのだろう?まぁ、建物は半壊のようだが」
 あの爆発は、エドが切れて、大砲を練成。それを撃ち散らしたのが原因だ。
 切れた理由は至極簡単。エドに対して言ってはいけない禁句を、強盗団の一人が口にしたためだ。
「あ、あれは。別に、俺のせいじゃ。それに強盗は捕まったし」
「被害額は約8000万。強盗に金を盗まれた方が被害が少なかったとの報告を受けてます」
 リザがエドに対して追い討ちをかける。
「それで?そんなことを聞きにきたのか?」
「あぁ!違う違う。俺が聞きたいのはあの強盗団だ。一人赤い指輪してだろ!アレって」
「残念だが君の探しているモノではないよ。ただの宝石だ。まぁ、加工してあって不思議な輝きではあったがな」
 エドが肩を落とす。
 彼が探しているモノとは、この世の錬金術師の憧れのモノ。
「そっか。ならいいや。んじゃ、俺帰るな」
 ドアを開け、とぼとぼと外に出て行く。
「あの。私は何のために来たのでしょうか?」
「私が残っているのに、先に帰られるのは癪だからな」

 午後8時50分
 自宅でブラック・ハヤテ号と共に食卓につく。
「あら。このお惣菜。なかなか美味しいですね」
 などと言いながら、外で買ってきた食品をたいらげる。
 そして、お風呂。
「ふぅ。いいお湯」
 湯船につかり、今日起きたことを思い出す。
 途中で何度か顔をしかめるが、その半分以上が大佐のことだ。
「もう少し。真面目にしてくれればいいのですが」
 湯船から出た彼女の裸体は、まるで女神の
 パシュ
「いいかげんにしてもらえますか」
 その拳銃はどこから・・・というか、中の火薬がしけりませんか?
「特注です」
 ぱしゅ
 さいですか

 午後10時
 自室のベッドの中にはいる。
「今日は・・・」
 手にペンを持ち、ノートを見て悩みだす。
 どうやら日記のようだ。
「普段どおりの平穏な日だった。と」
 普段どおり?平穏?
「ふぅ。准尉から日記をつけてみるといいって言われたからつけましたが。代わり映えしませんね」
 日記の中身はみな似たり寄ったりの内容だ。
 リザであれば書くことは多くありそうなものだが。
 というより、彼女にとっての非日常ってどのようなものなのを言うのだろうか?
「さぁ。寝ましょう」
 そして、電灯を消し。布団をかぶる。
 こうしてリザ・ホークアイの一日は終了した。

 午後10時15分
『中尉!!昼間の強盗団が脱走しました!!至急応援をお願いします』
 電話口でハボック少尉が叫ぶ。
 どうやらまだ一日は終わりそうにない。
 
 

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